ゆるめる


現代の多くの人々に観られる傾向があります。

日常生活の中にある、漠然とした不安感や怖れの感情。

拒絶感や言い訳、イライラ感。

生かされているという感謝が希薄。

ゆるめることが出来ていないからです。

解放を願いながらも論理や方法論に縛られた迷走の日々。

成長を解放の過程とみるならば、

大人になっても、還暦を過ぎて老境に入っても、

人生は辛いままです。

緊張感がとれないのです。

そして、ある時に気がついても、自分ではどうしようもない無力感に囚われます。

啓発セミナーを受けても、本を読んでも、知識だけは増えますが

改善の兆しは遠いのです。

リセットして、今の自分でいいのだ、あるがままでいい、

比較は無意味だと、根底から思えるまでには、さらに遠いのです。

生かされているという感謝、心の底から浮かび上がる喜びなどの

みずみずしい感性が劣化してしまっています。

スピリチュアルメソッドや精神世界、宗教にはまり込むのも、

こういう人たちが多いようです。

心が開けないので、本当の感謝ができないのです。

対人関係で常に受け身になってしまいます。

妙なプライドが傷つくことでしょう。

常に相対的な比較の文脈の中でしか生きられない認識で

頭の中がいっぱいです。俯瞰など思いもよりません。

自信がないので、言うべきことばにつまります。

漠然とした劣等感、絶え間ない感情の抑圧、我慢・・・・。

すっきりしない日々が続きます。

これらのマイナスの感情や

悩みに対しどうするべきか?

原因を探そうとしますが、あまり意味はありません。

記憶は、いかようにも作り替えが出来ますし、エゴが待ち構えています。

DNAや環境のせいにするのは真の自立を阻みます。

今の歪んだ認知や行動を修正する方法もありますが、

限界があります。

これだけ、情報にあふれている世の中で、

多数の人々が幸せ感をうち捨てて

エゴから来る緊張を強いられるのは、

どこかに間違いがあるのだと思いますね。

社会生活を送る人の半数はこの傾向があります。

真面目で律儀、一見素直で我慢強い、

裏には漠然とした不安と恐怖、自信のなさ、

それを垣間見ては自他への怒りと抑圧、

無数の葛藤が横たわっています。

同じことを繰り返し書いたようですね・・・。



扉を開く他に解放はありません。

10年、20年かかっても、真の存在を確認するまでには。


「すでにそうである。邪魔をしない。がんばらない。感謝。」

よいお年をお迎えください。






顔色をうかがう

先日、高校の後輩で心理学者のO教授と話をする機会がありました。

人の目の中にある網膜には明るさに反応する桿体細胞と、もう一つ

色に反応する錐体細胞があり、特徴的な機能として、肌色(顔色)の微妙な変化を

とらえることができるそうです。その信号が脳に送られ、様々な判断をし

行動を起こすということでした。

哺乳類は基本的には恐竜と共存していた時代、彼らの脅威から昼間の活動が制限され

夜行性だったそうで、桿体細胞が発達し、暗闇でも目が見えるという進化を

遂げました、やがて恐竜が滅び、哺乳類は明るい日の光の下に生活圏を広げてゆきました。

その過程で色を見る感覚細胞が進化してゆき、数十万年前に人類が誕生し、

青、緑、赤をベースとした色覚を発達させてきました。

さらに社会生活を送るようになった人類は、肌色の変化を敏感に把握する様に進化し

今日に至っているとのことでした。

「顔色をうかがう」とは社会的な概念上の言葉とばかり思っていましたが、

実際に、人は物理的な色信号を感知していたのですね。驚きです。

研究によれば、黒人においてもその環境に育てば顔色の変化が分かるそうです。

人が社会生活を送る中で、一番重要なファクターは人間関係の構築や関係性の強弱です。

その判断の中に顔色情報が反映されていたのです。

顔色をうかがう、という言葉から浮かぶのは、ややネガティブな不安や怖れの感情です。

人の苦悩の基本情報ですね。

人類は誕生以来、ずっと人間関係から生まれる悩みとは無縁ではなかったようです。

出来るなら優位を求め続けたのでしょう。

顔色伺い能力は長年にわたりDNAにまで送られた反応だったのです。


人が、愛おしくなりました。


ついでに、紫外線領域の光を感じる能力があるヒトも、最近見つかり始めているそうです。

普通の人には見えない多彩な色の世界を見ているらしいのです。

10人中2,3%はいるらしいとのこと。面白いですね。

紅葉


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良寛さんの辞世の句、

「うらを見せおもてを見せて散るもみぢ」

寒さが早く始まったのか、今年は例年になく紅葉が鮮やかでした。

庭のモミジを見て、良寛さんのこの句を思いだしました。

表があれば裏がある、この世では表だけの存在はありません。

表裏一体という単純な事実は3次元世界の基本法則です。

当たり前なのに人は表だけを求め、苦悩します。

表裏が生じるのは厚みがあるからです。

空間という認識系がそうさせているのです。



セラピー


まいど会初期に発行された小冊子は常に傍らに置いて読んでいます。

私のセラピーのよりどころは次の一節です。


「エゴの海を出でて、膨大な意識の海にいるだけで自他の癒しが起こる。

それは内にある膨大な意識が解放されるからである」


治す側、治される側、の双方を画然と分けるのは、医学をはじめとする医療ですが

われわれのセラピーは治す側と治される側が混然一体となって高い意識に入るものです。

双方を分離できないのです。

自他の区別がない領域に入るからです。

ですから代替医療ですらありません。

たとえばクライアントさんも、私自身も、独自の呼吸法をしたり、

時に応じ「ゆるめシール」を貼り、

心身を深くゆるめることから始めるのが多いです。

思考、脳が静まりエゴが抑制されます。

うっかりするとセラピー中に一緒に眠ってしまうこともあります。

だが私もクライアントさんにも必ず良い変化が起きます。

症状が消え楽になり笑顔が生まれます。膨大な意識にふっと触れたのでしょう。

同時に、私自身にも爽やかな解放感が湧き上がります。

数十分のセラピーの中で実質的な自他の癒しの時間はおそらく短時間でしょうか。

もちろん、各種技法も使います。

本来はセラピー(therapy)という単語も代替医療という分野を濃厚に包含していますから

適切ではないのです。

言語の限界を思い知らされます。

言い換えれば、

非言語の世界を言語で語るもどかしさです。

極めて分かりにくいと思います。



触媒さん

セラピー中にふっと思いだしました。

随分以前のお話です。

薬学専攻の学生S君が、うちに時々遊びに来ていました。

当時、薬学部は4年制で、卒業後大学院で研究生活を送っておりました。

ある化学実験中、複雑に組まれた反応装置の傍にS君がいると反応がスムーズに

進むのだそうです。S君がいないと実験がうまくいかない。

なぜだかわからないが・・・。ほかの学生が困惑している、

論文には書けないし、教授になんと説明すればよいのか・・・・。とのことでした。


面白い、実に面白い。


私は彼に「君は触媒なんですよ、きっと・・」

触媒体は、そのもの自体は変化しないが、反応を促進させる働きがあります。

彼は、たぶん波動の高い人だったのでしょう。

私たちの周りにも、その人がいるだけで、周りが陽だまりのように、

温かな穏やかな親しみのあふれるフィールドができる、という人がいます。

とは言え、そうなりたいと思っても

自分の波動を思考や技術で向上させることはかなり難しいです。

世の中には自然に備わった人もいる、という事実です。



蛇足ながら、
体の中にも、酵素という触媒があればこそ生体が潤滑にはたらいているのです。

「波動調整」をおすすめします。




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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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