エリオットの今

Lさん

イギリスの詩人T.Sエリオットの詩「荒地」の中に

『過去を過去性において見るのではなく、現在と──ときに未来と──並置して眺める、

同一平面上で眺めるということに他ならない。』(徳永暢三)

という部分があるそうです。

私たちのいう、『今』そのものを彼は体験しているようです。

時間の空間化ともいうらしい。

実際、『今』の体験は、稀にしか起きないし、持続時間も数分間から数十分。

でもこれで十分です。

だが求めるとやってこないし、技法だって延長線上にある種の期待があれば、

それは起きないようです。

無心に『待つ』ことです。

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ネット上の一節より
 
「私生活で悩んでいたエリオットの中には、その悩みを、

受身の状態で冷静に観察するもう一人のエリオットが棲んでいて、

後者のエリオット(批評的精神の旺盛な詩人エリオット)が、

この作品で私的エリオットをほとんど完全に変容させているのである

──豊かで不思議な何かへと。(徳永暢三著『T・S・エリオット』清水書院、以下同じ)

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これも、高次のエリオットが3次元のエゴまみれのエリオットを変容させ、

豊かで不思議な何かへと導いた、と読み替えれば面白いです。

実はBS-TVで列車紀行の番組の中、

エリオットが取り上げられ急いでメモしたことがこの文章を書くのきっかけとなりました。

未だ思考まみれですが、どこかに変容を待っている自分がいるようです。


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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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