器量

地方紙の柳壇より、お題は「ハプニング」

その中から、二首。

*その人の器量が見えるハプニング

*ハプニング男の肝が試される

普段では見えない人物の大きさは、突然の出来事に対処するときに

如実に現れる。

普段から心がけていざというときに備えられるのか。

つまり器量を大きくする練習が出来るのか?。

まず、アタマでの努力では無理だ。

こうあるべきだ、という目標を設定して鋭意邁進する努力は決して実らない。

その人の持って生まれた特質だから、後に身につけられるようなものではない。

それ以前に、器量の大きい小さいは比較であって、

3次元の狭量な見解に過ぎない事を知っておくべきであろう。

危機に際し、見事な振る舞いもあれば、

言葉とは裏腹に見苦しい、惨めな姿をさらすこともあろう。

赤恥を人前でかくこともあろう。

どちらでもかまわないのである。

カッコよくても良いし、悪くてもいい。

なすべきは、思い込み刷り込みを見切って、

日に晒し、色あせさせることに尽きる。

その下にはあるがままの己がある。

その生のままで生きられればよい。

偏りのない自分に立ち戻ることからはじまるのだ。

つまり、良い部分と最悪な部分が同時にあることを理解する。

すべては二重構造である事に気づく。

それは同時に、高次元を知ることと同意義となるだろう。

器量の大きさは、実は思考という道からどれほど逸脱したか

ということの指標だと思う。




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ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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