日々

一応、こころ穏やかで平穏なときに、「まかせる」について考えるとしよう。

たちまち思考に入っていて、言葉の世界の遊び、

観念遊戯になってしまっていることが多い。

過去の体験を検索する、ああだった、こうだった、エゴについてはこう聞いた、

真我はこうだ、高い意識とは何だったっけ、・・・・・。

今を忘れて、未来にも心が向かう。

漠然とした不安、10年後、20年後、家のこと、経済状態の推移など、

おおいけないぞ、今を忘れているではないか、

さて今って何だろう、・・・・・。時間とは・・・・。

肝心の「まかせる」はどこへいったやら・・・。

果てしない知識の検索と解釈と想像と、それらの連鎖が続く。

実りなき観念の世界に漂うだけだ。

知識に力を与え振り回されているに過ぎないことに気がつかない。

普通は、こいいう繰り返しの中で日々が過ぎてゆく。

結局は膨大な意識にしか出来ないことを自分が考えてやろうとしているに過ぎない。

無駄なことなのである。エゴとは次元が違う、フィールドが違う。

テニスコートでバレーボールをするよりももっと違う。

「まかせる」はこういう観念的なものではなく、お遊びではなく、

もうどうしようもない、追い詰められて、一瞬思考が飛んでしまったときに

ふっと触れる心的状況なのだ。人間関係、健康状態、経済の問題、

それらの派生的なさまざまな課題が、沸騰点に達して瞬間に相が変わるときの

究極の選択なのである。

だから、逃げればチャンスを失する。

われわれは、師匠からいくつかの「ことば」をいただいている。

エゴを刺激しないニュウトラルなフレーズである。

これとて、身につくまでには相応の決意は必要だ。

だが、いったん身につけば受動の感覚がわかる。

沸点にならなくても流れに乗れる、流されるという感覚、

根に不安を抱えた穏やかさではなく、罪悪感の潜んだ愛しさではないぞ、

そんなものではなく、根に○○のある本物の穏やかさ静けさ・・・。



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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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