予知

予知は可能か、不可能だと思う。

裏庭にあるヤブ椿に真紅の花が咲いている。

特定の花に注目して、いつポロリと落ちるかと、ふと思った。

もちろん予測はできる、12月ころにつぎつぎと開花して、4月頃にはすべてが

落花し実になって行く。だから、月単位では予測できる。植物の専門家になれば

もっと精度高く予測できるだろう。たとえば2,3日のうちにとか。

だがそれでも、経験に基づいた予測であり、思考、判断の結果に過ぎない。

周りの条件は刻々と変化する。

風が吹く、風向きが変わる、気温の急激な変化、温かな日差しが突然雲でおおわれる、

ウグイスやメジロが飛んできて蜜を吸い花粉をまき散らす、

驟雨もある、時に酸性雨さえも混じる、

一つ一つが条件となり複雑に絡み合って落花の時を待つ。

さらには、観測されるという量子場の中の不確定要素が付きまとう。

注目し、時を知ろうとすればすでに観測されたことになる。

予知しようと思った瞬間、予知不可能となるのである。

予知不可、では何が決定するのか、

決定?この場では、これもあやしげな単語だが、

椿の花は自分の意思で落ちようとは思わないはず、

全くの受動だ。膨大な意識の意識のままになるのだと思う。

であるならば、今、この時、が落ちるときとなる。

今は創造されるのである。

だから頭で考えたってしょうがない。

人は、いつも「その時」を知ろうとしてきた。結果がいつ起きるのか、

どのようになるのか。それは近代科学のテーゼでもあった。

人類は未来のために、より良きものを「求め」、より悪しきものを「避け」てきた。

ツールは大脳、つまりは「力」。

それが良いことずくめではないことが分かり始めた。

科学も宗教も発するところは「おそれ」を避けるための装置であったのだ。



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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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