臆病

臆病とは、ちょっとした物事にも怖れること。

小心ともいう。びくびくした怖れおののく心の状態にあること。

われわれは誰にもこの傾向はあるが、対象は人によってさまざまである。

人間関係であったり、自分の体のことであったり、お金であったりする。

たとえば人間関係ならば「所属の欲求」が損なわれそうな「気が」して、

そのことを怖れる。

自分は感受性が強くて敏感、傷つきやすい、繊細なヒトと思っている、

さらには優しくて、犠牲心に富み、自分さえがまんしさえすれば・・・・、

どうしていつも自分はこういうような立ち回りばかりなの?・・・・

心はいつ果てることなく堂々巡り、はては自己否定の重く暗い部屋に閉じこもる。

私は、エゴはほとんどありません、ただ辛いのです、神様助けてください・・・。

こういうヒトは、自己観察が不足しているヒトである。

自己愛傾向が強いので、自分は正しい、人が悪い、自分は他人から迫害されやすい

などの思考が優先し、自己観察など思いもよらない。

単に、自分の防衛を強く主張しているだけ。

相手に対して常に緊張を意識し続けるだけ。

つまりは心が強くエゴの方向を向いているだけの、エゴイストなのだ。

エゴの向きとは喪失の怖れへ引かれてゆくこと。

自他の区別はより厳しく鋭く知覚され孤独感だけがつのってゆくばかり。

職場を変わろうと、住むところを変えようと、時代が変わろうと、同じなのだ。

このような膠着状態が続くと抜け出すのは容易ではない。

精神世界にはこういうようなタイプが多い。

「願い」をぶらさげて「力を求めて」果てしなくさ迷う。

われわれならば、

見切る。

仙骨に意識を置いて響きを聞く練習をする。

今まで馬鹿にしていた泥をかぶることをいとわない。

つまり、境界をあいまいにしてゆくことだ。

新しい一歩を踏み出すには痛みを伴うことはある、逃げないでね。




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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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