迷い

今朝の地方紙のコラムに次のような話が載っていた。

江戸時代初期の禅僧、至道無難の残した言葉

「ある人、まよいのもとをとふ、よしあしをしるがもとなり」

解説では、ある人に「迷いの根源は何か」と問われた至道は

「本当の善悪を知らないことである」と答えた、とある。

さらに「ある人、さとりのもとをとふ、よしあしをしるがもとなり」

これには「悟りの根源は何か」と聞かれ「本当の善悪を知ることだ」とある。

知識のある方は、なるほどそういうものか、さすが禅僧、で読み飛ばすだろう。

素通りするのだ。答えになっていない事に気がつかない。

気づいたとしても、じゃどうすればいいの?、と来るだろう。

「迷いの元」も「良し悪しの判断」も実は同じ事を言っているのであって、

思考では如何に「努力」して「答えを求めて」も記述不可能なのだ。

エゴはエゴ、といっているのだ。

何にもならない。俗に言う禅問答、結局理解不能、分かったようで分からない。

まいど会は、ここからが出発点なのだ。

精神世界系ではここで瞑想や心のあり方を延々と説く、

読めば分かった気に一時的にはなるだろう。

しかし、この一群がこの世界をさまよい続け、

人よりもいっそう苦しむのはなぜだろうか。

エゴとの付き合い方を分かっていないからだ。

判断をエゴにゆだねる限り、無間地獄の境涯に漬かっている身動きのできない

漬物と同じなのだ。

エゴを無力化して、エゴを刺激せず、起こさず、ニュウトラルが一番なのだ。

「まよいのもとをとふ、よしあしをしるがもとなり」はとりあえず、我々には不要。

迷いに入る一里塚だからね。

至道無難さんを苦笑させてはならない。





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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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