山本一力さんの随筆集『男の背骨』の中に、

小林哲也さん(帝国ホテル社長)から教わったと言う言葉があった。
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小才は、縁に出会って縁に気づかず。

中才は、縁に気づいて縁を生かせず。

大才は、袖振り合う縁も縁とする。
・・・・・・・・・・・・・・
なかなか含蓄のある、心に残る言葉だ、至言と言っていいだろう。

才とは能力ではなく、その人の大きさだろうか。

1月ほど前、切羽詰った様子の、知り合いの中年の主婦から相談を受けた。

ご主人が長い年月、自室で昼間から厚いカーテンを引き、

暗い中でぼんやりと過ごしている、風呂にも入らず、ジュースだけを飲んでおり

奥さんの作った料理はほとんど食べない、体を動かすこともなく、

仕事は休業状態で経済状態も逼迫している、・・・・。

光を嫌い、水を怖れる、引きこもる、典型的なうつ症状である。

病院にかかっているが,いっこうに改善の様子が見られない・・・。

幸いに奥さんは、われわれのやっていることを理解し受け入れる姿勢があった。

そこで、師匠に難病対処のお願いをし、保健水を飲んでもらうことにした。

そして先日、様子を報告に来られた。

居間の明るい部屋に来るようになった、料理に手をつけるようになった、

風呂にも時々入るようになった、朝夕の「おはよう」「おやすみ」の言葉が

出るようになった、・・・・・・など。感動モノである。

しかし、夫の母親(姑)はあくまで、お医者様が治してくれた、薬が効き始めた・・・、

の一点張りだという。それはそれでかまわないのだが・・・。

そして主婦は、ひょっとしたらまた元に戻るかもしれない、

と言う恐怖におののいている。しかし、確実に小才は脱しているようだ。

受け入れる器が小さければ、縁さえも気づかないのである。

縁と言う言葉で、上記の至言を思い出した。

われわれは中才に終わるつもりはない。

『膨大な意識が治す、膨大な意識しか治せない』この言葉の重みは確信に近づいた。

だが、まだまだ、日常の自己観察ではエゴに引きずられるおのれが見える。

縁をどう生かすか。

受け入れる勇気だ、絶望の底から蹴上がって気づくほかはないのである。



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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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