いま、なぜ日本人は、かくも小粒に成り果てたのか。

幕末には日本には大きな器量の人材が何人も輩出した。

江戸時代の幕藩体制は、無数の矛盾の中にも、大きな可能性を育てるシステムを

包含していたらしい。(そして第2次大戦後すべての可能性を捨ててしまった。)

山岡鉄舟はその中でも勝海舟よりも大きい人といわれる。

山本兼一著「命もいらず名もいらず」は幕末の偉才 山岡鉄舟の伝記である。

その中の一節から。

著者が剣の達人井上清虎にいわせたことばだ。

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「ところがな、人の器は外見からは、全く判別がつかない。その人間に

どれくらいの器があるかは、実際に,いっしょに戦い、仕事をしてみなければ

分からない。」

「器といって分かりにくければ、器量、度量と言ってよい。

人間が生きていく上で、一番大切なことだ。器量の大きな男なら、

たとえ徒手空拳でも、果敢におのが道をひらくであろう。

器が小さい男は、山のような財宝を手にしてさえ、その使いようを知らぬ。」

「人は、器量に応じた仕事しかなせない。器量に応じた人生しか送ることができない。

器量を広げたいと願うなら、目の前のことをとことん命がけでやることだ。

人間の真摯さとはそういうことだ」

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能力や、人の良し悪しなど、どうでも良いことを超えた「ものさし」に、「器」がある。

エゴを抑制してゆけば、知らずその道に近づくのではないか。

高い意識に気づけば、その人の存在そのものが大きな器となる。

計り知れないものにつながる意識は幸いである。


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ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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