努力

英語や数学などの教科や学問、スポーツや武道といった体の技術、

ものつくりの技、芸術に関するものなどは、

自分のものにするには大いなる努力が必要である。あたりまえである。

素質があって人一倍努力すれば一流になれるだろう。

ただし、世の中に認められるかどうかはまた、別のものであるが。

ところで、わが心の中にある、恐れや憎しみを「消す」ためには

必死の「努力」が必要なのかどうか。

つまり、「努力」によって恐れが消え、憎しみが愛に昇華できるのか。

さてさて、「努力」とは何だろうか。

努力とは、よき響きを持つ単語として小さいときから刷り込まれ

われわれは何の疑問もなく受け入れてきた。

知識や身体技法や技芸などに関する限りにおいては多分その通りなのだ。

努力の程度によってその成果は決まるだろう。

ところで、心の問題解決には『努力』で対応できるのだろうか。

つまり、一生懸命に考え抜き、体や感覚的なものを十分に鍛え上げ、

知識を蓄え、思考体系を構築し、そしてそれらの果てには苦悩が消えて、

心の中に澄み切った青空が見渡せるかどうかということなのだ。

わが友人に夏目漱石の「こころ」を繰り返し読み続けている律儀な男がいる。

数年に一度は読むのだそうである。近代日本文学の巨峰だから、

必ずや答えがあるというのだ。私が「馬鹿馬鹿しい、ウォーキングに出かけよ、

酒でも飲んでみろ・・・・」という言葉には決して耳を貸さない。

「こころ」を書いた漱石は、どうやらちっとも幸せではなかったようだ。

「明暗」を書いた後50歳で胃潰瘍の悪化で逝去した。

人生問題に悩んだトルストイは老いをおして家出をし名も知らぬ駅で野垂れ死にした。

さて、

「心の悩みの解決」と、「力を得るための努力」や「知性、素質など」

とはもともと無縁なのだ、すれ違いさえない、まったく別次元のことなのだ。

ある方が、「あなたは努力は必要ないといつも言ってるようだが・・・・・」、

ということへの雑な応えである。

(基礎トレーニングは修行ではありません。力を得るためにする努力ではありません。)


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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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