受動

Lさん

心の置き所が、「自分の意思で、生きている」から、「大いなるものに、生かされている」、

に変われば人生は輝いてきます。能動と受動の違いこそが、

「エゴ」か「膨大な意識」への向きを峻別するものです。

端的にいえば、能動は『怖れ』と「その実現」へと進み、

受動は『幸福』と「至福」へと進みます。理由はもう分かるよね。

さて、受動に徹することこそが、求めても求め得なかった人類の課題でした。

「求めようとすること」がそのまま「受動の否定」ですからね。

このジレンマをどう解決してゆくのかがわれわれのテーマでもあるわけです。

なお、頭の良い人ほど、陥りやすい陥穽があります、知識の壷。土壷にはまる、です。

求めようとする姿勢です。どうしても任せておけないのです。

学校秀才が人生での幸せを必ず得るとはいえないのは頭の力と幸せは何ら関係がないからです。

幸せは、どのような人であろうと受動に徹した方には完璧に平等におとずれるものです。

人は傲慢です。

自分の力で生きていると思っています。

果たしてそうでしょうか。

例えば食事をして排泄されるまで、身体の中で食べたものにどのようなメカニズムが働き

どのような結果がもたらされたか一つ一つについて説明できるかどうか、

意識的な制御ができるかどうか、・・・・・・、よく考えれば99.999%はお任せモードなのですが、

気づいてさえいないのです。

思考が固定化され、本来しなやかで自在な心がブラックボックスに入れられてしまっているのです。

これは、健康問題や人間関係、経済などのこと全ての事象についていえますね。

肉体を持って生きている限り、時には能動的な思考も必要ですが、あまりにも偏りすぎてしまっています。

必要ならば、英単語を覚える能動的な『努力』はしなければなりません。

しかし、一方で、心臓の動きを刻々と調整し制御していますか、

身体各部からの無数の情報を総合し瞬時に判断して脈拍を決めていますか?・・・、

もう完全にお手上げです。思考(脳)にこのレベルの処理能力なんてありはしません。

それでも生きていますね。「生かされているから」です。

虚構の鎧を脱いで「身をなげだしてしまおうねモード」にそろそろ取り掛かりましょう。

きっと楽になります。少なくともかかわりのある事象の7,8割は任せましょう。

いまはね、自分で全て取り仕切ってると思いこみながら、

実はまかせる、受動を、みとめてないだけなのですね。

精神世界系の「ありがとうございます」を何千何万回というより、

受動に徹すればひとりでに深いところから感謝の気持ちが湧くはずです。

求めること、何かしようとすること、能動的とは、

膨大な意識を信頼してない証拠です。厳しいけれどね。



コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

重要関連リンク
QRコード
QR
カテゴリ
プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
検索フォーム
RSSリンクの表示
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる