啐啄之機(そつたくのき)

卵から雛が孵るとき、母鳥が外から殻をつつき、雛は殻を内からつつく。

これが同時に行われるときに、啐啄同時という。本来は禅用語ですが、

われわれの勉強でも時に出てくる言葉です。

先日、クライアントのKさんが新書のベストセラー「日本辺境論」(内田樹著)

を強く薦めてくれましたので、早速買って読んだ、その中に、啐啄之機という言葉で出てきました。

以下の・・・・の間の文章はその本から抜粋です。

・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「殻が割れるのを待っている雛鳥」というようなものは実体的には存在しません。

雛鳥は殻が割れたことによってはじめて「そこに孵化を待望していた雛鳥がいた」

という言い方で遡及的に認知される生物だからです。卵が割れなければ、雛鳥はいない。

事情は母鳥についても同じです。母鳥は「子を持った」という事実ゆえに「母」となるのであり、

雛鳥が出現しない限り、母鳥も存在しない。

つまり「啐啄之機」においては、

実は「母鳥が殻を外からつつき、雛鳥は内からつつき」という言い方自体が論理的に

間違っていたということです。

母鳥も雛鳥も、卵が割れたことによって、その瞬間に母としてまた子として形成されたのですから。

卵が割れる以前には母鳥も雛鳥も存在しない。そう考える。

・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

師匠と弟子の関係もこれに近いだろうと思います。

自称「弟子」が本当の「弟子」になれるのか。しばらく思いにふけったものでした。

また膨大な意識と私の意識は本来同じものですが、

「殻」によって分けられています。(自分で勝手に分けている、が正しいようです)

機が熟するまでもう少し「時間」がいるのでしょうね。




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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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