赦す

罪悪感とは、「誰かに」赦してもらい救われたのだ、お陰でやっと罪滅ぼしが終わったのだ、

というストーリーをエゴが承認してしまったために起こった「恐怖心」である。

つまりはエゴの働きである。

生真面目な人ほどなぜか罪悪感にさいなまれるが、

生真面目とはいつも「恐怖との同居生活者」なのであり、

常に外に赦しを求める悲しき人なのである。

だから、罪悪感から解放されるには、このことを認めてしまうことなのだ。

自分を徹底して観察することからしかことは運ばない。

何かを犠牲にして罪を贖う、ということはわが外に力を承認することだが、

外は内の反映であるとすればこれほどおかしいことはない。

力は膨大な意識にしかないのである。

いまは知識の範疇にしかないだろう、しかしそれでかまわない。

われわれはいかなる状況にあろうとも、自分を赦すのは自分自身である。

何事も「赦す」でいい。

「悩み」はまた新たに外に力を承認することに他ならないのである。

仏や神が赦すのではない。

心優しきわが友よ、悩むなかれ、「赦す」で見切れ。


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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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