無思考

先日JRでの待ち時間、キオスクの書店に立ち寄ると、玄侑宗久さんの本が目にとまった。

「ないがままにいきる」という新書版であった。

玄侑宗久さんは禅僧であり高名な作家である。

立ち読みの中で『無「思考」な時間が最良の判断を導く』という一項目が目に入った。

その中にあった一節

『・・・・禅の修行とは、死ぬほど叩かれながら、わざわざ無「思考」を訓練し、

そうした作り物のアイディンティティーを溶解させようとしているのである。

言葉が深い沈黙から湧き出すように、思考も実は無「思考」の混沌からしみだして出てくるほうが

素晴らしいのだと、仏教は教えている。・・・・・・』続けて、

般若心経を無心に唱えることを勧めておられる。

先日のわれわれの勉強会では「何も考えずに座す」、というトレーニングがあった。

もともと脳は静寂を苦手とし、避けようとして刺激に敏感に感応し判断をしたがる。

困ったもんだ、という別の思考が入ってくる。

こういう時、禅では警策が振り下ろされるのだろうか。

思考をしない、ということの難しさ。

とりあえず時空間に溶け込み、真我と対峙するなどと「思考」していた自分があって

参ってしまった。

そのうちに、自我の自覚がしばらく消える時があったが・・・・・・。






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ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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