えり好みはどういうこと?

師匠の言葉

「選り好みするものには 、一番まずいものが当たる。」

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最近の脳科学の知見によれば、

私たちに備わる視覚、聴覚などの五感は、あらゆる瞬間に1100万要素以上の

情報をとらえ、神経系を経由して脳に送っているらしい。

しかし、人が主に大脳で処理できる情報はどんなに大きく見ても40要素しかないといわれている。

これが我々のいう思考である。

ざるに水を入れると零れ落ちる水どころではなく、ほとんどの情報が素通りしてゆく、

破れ笊の目が思考。しかし人はその恐るべき貧弱な限界に気づかない。

人は思考しながら、迷いながら、悩みながら、少なくとも生きてはいる、と見える。

実は表層の皮相な意識の下に横たわる、適応的無意識とよばれる心的機能が働いて、

素早く対応し、人を生かしている、のだという。判断も思考に比べて正確である場合が多いらしい。

しかし、この部分も、自我。脳には限界がある。

ここまでは現代心理学のいうところで、

それはそれで仮説としては結構なことである。

だが、私たちは未だその先にある実在を気づく旅路の途中にあるらしい。

おもに仙骨と小脳を回廊とする膨大な意識がある。文字通り膨大で、

ひとつ一つの細胞だけではなく、それを構成する分子原子、

素粒子さらにはそれ以下の微粒子のすべてのふるまいを意識して

存在させてくれている。

自分がすべてを思考して自分をコントロールできている、とは思い上がりもはなはだしい。

私たち人類の文明はどのような時代のどのような地域であろうと

大きな見えない意識の実在を表現した片鱗がうかがえる。

昔から知ってはいるのだ。

だが時空間、質量という概念を獲得し逆にそれに縛られて、ますます目を塞がれている。

選択においても、思考にゆだねるほど、ますます、たくさんの宝を捨て去っている、

としか言えないようだ。

自分の中にある頑なな自我は、思考という認知システムをとおして、

エゴの存続と維持に成功した喜びにほくそ笑んでいる。

人生は苦労の連続らしい、そう考えなければ正しくないらしい。

一理はあっても・・・ね。

先ずは、

えり好みしないで、目の前のものをありがたく頂こう。

これを胸を開くともいう。真我が導いてくれる。

クライアントさんが来るまでの時間に一気に書いた、推敲はしていない。

乱暴な文章と論理かもしれない。

それを受け入れる。

センター試験が近い。

直感を生かせ、

しかし人生では、直感ではなく直観に信頼を置こう。


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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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