受動

植物は、気温や日照時間、風、土壌、微生物などのさまざまな環境条件を

完全に受けきって生成してゆく。身近な草木を見るたびにそう思う。

彼らは受動に徹していて、逆らうことはない。

それでも、花を咲かせ、実をなし、風や鳥、流れなどに任せて種を拡げ、地下茎で厳寒の冬を乗り越え、

強風や人に枝や茎をおられてもしぶとく生き、子孫を残す。見事である。

彼らには意識はあっても意思はない。

人はどうだろう。

意識と思考の両方をもちながら、ほとんど思考のみに価値を置いてきた。

思考。・・・努力つまりは頑張って手に入れること。「能動」、判断。意思。勉強。研鑽。訓練。思索・・・・・。

もちろん不要ということではない。「意識」と「調和のとれた思考」との融合が人類の課題だと思う。

意識の実在を忘れた思考は人類だけでなく地球そのものさえ危うくしそうな気配。

意識は、神性、縁、共時性、思わぬ幸運、時には神秘体験、つまりは運。求めて求めえず。「受動」

お任せして待つこと以外にはない。膨大な意識の意識の確信。

またもや浮かぶ老子の言葉 「招かずして而も自ずから来る」

桜の花びらはまだ散ってはいないが、受け取るうえでの教訓の確認は間近である。

今日は、メモをそのまま移した。

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ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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