心のくせ

10年以上も前のことだろうか、田舎道を車で走っていた。

比較的狭い道幅で制限速度40㎞の道路であった。

やがて前を走る車に追いついてしまったが、その車はいっこうに速度を上げない。

速度計を見れば、25~30㎞だった。

私の頭の中に、やがてイライラが始まって行く、くそ、馬鹿野郎、ここは公道だ、

せめて40㎞少し超すくらいで走れ、念を込めてイケイケ走れと心で怒鳴った。

私の後ろにはもうすでに2,3台の車が迫っている。

ハンドルに力が入る、無理して追い抜くか、・・・。

と迷っていると、隣に座ってる家内がのんびりとのたもうに

「良いんじゃないの、もうすぐ道は広くなるし永遠に続くわけではなし、我慢しなさいよ、安全、安全」。

追い抜きを諦めてしばらくすると、その車はゆっくりと右折して、農道に入っていった。

その時、運転者の横顔が見えた。

90歳近くのしなびた老人がしがみつくようにハンドルをにぎっているのだった。

うとましい心境に嵌ってしまった己に気恥しさと微かな罪悪感がわく。

未熟な自分にまたもイラつく。まったくもって、くそっ・・・・・・・。

家内の言葉のゆとりにマタマタ怒りがわいた。

「出来事」とその後に「起きる感情」は直結しているわけではない。

人によって受け入れ方は違うのだ。

出来事と湧き上がる感情の間に、その人独特の「認知のパターン」がある。

私のパターンは「公道は制限速度+10㎞ほどで走らなければならない、

それが出来なければ車に乗るな」のだが、

家内には「人それぞれ事情があって、仕方ない時もあるのよ」

私の認知が歪んでいたらしいことを痛烈に思い知らされた。

しかしなあ、枯葉マークぐらいはつけろよと、性懲りもなくつぶやいている。

自己観察はたいてい苦いものだ。一人では気がつきにくい。

いい勉強にはなったが心軽やかとは言い難い。

社会生活を送っていれば、様々な出来事が周りに起きる。感情が伴ってくる。

嫌な感情をまねく認知の歪は、その人の人生を制限するし、摩擦や軋轢を招くこともある。

もっといえば、人生が無味乾燥となり、周りが見えなくなるだけでなく、人が避けるようになる。

人生が面白くなくなるのだ。

臨床心理分野に「認知行動療法」というものがある。比較的新しい心理学である。

歪には10のパターンがあるという。世界標準の心理的な湿度計と言ってもよいだろう。

自己観察に少し役立つかもしれない。

http://www.ncn-k.net/azaz/nintip02_1.htm

しかし、ほとんどの人は関心がないだろうな。自身を観つめるなんて普通はしないからね。

自己否定に終わってしまい、再構築にまでにはなかなか行けないから。

もう一つ付け加えるならば、これさえも混沌としたエゴの交通整理にすぎないのだね。

われわれは、もっと次元の違う本質を観ようとしているのだが・・・・・。

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後日、ガソリンスタンドの定員さんとの雑談の中で聞いたこと。

「制限速度を大幅に下回る速度で走っていることに気がつかない時が免許証の返納時期ですよ」と・・・・・。

そういえば、最近やっとゴールド免許になったのだが、これは年のせいか!




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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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