観るメカニズム

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何人ものクライアントさんから、「すごか!」、「ものすごきれか」、「眼福です」などと聞かされれば、

それじゃ、行くか、とならざるを得ない。

で、カメラをもって出かけた。うちから車で15分、山間にある以前は開拓地だったところである。

園の所有者は個人で、コツコツと山を開き、長きにわたりツツジを植え続けた、

そして何年か前から公開するほどになった。

圧倒的な迫力だった。

個人で、ここまでできるとは、なんとも感動である。

もちろん現在はスタッフがいて年間を通じて管理されているが。

赤色が主人公の目の前に広がる圧倒的な空間、

異次元に迷い込んだような高揚感を覚えた。

観た体験というものは、

我々の網膜に映った物理現象をそのまま認識再現しているわけではなく、

知覚神経を経て脳内で再構成されたものを知覚いうのである。

だから知覚はきわめて主観的なものなのだ。

網膜像以外の手がかりを使って対象を推測しているに過ぎない。

脳の働きであり思考でもある。

とは言いながら、感動は心がエゴから揺れ動き時に離脱する。

今日は良い体験をした良い日であった。

なお、一番下の写真は丘に広がる芝桜である。

ことば

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この時期、一瞬の迷いが結果を大きく左右する事例がある。

今オフィスの裏に広がる竹林は筍の季節、孟宗竹のタケノコが次々と生えてくる。

成長は驚異的だ。1日に10㎝~20㎝の伸びを見せる。

雨でも降ればもっと伸びる。

地面にほんのわずか青い芽をみつけたら、ためらうことなく掘ることだ。

仕事が終わってから、ま、明日でもよいだろう、今日は雨が降りそうだし・・・・・・・・。

と思ったら結果は、硬いいがらっぽい筍を口にする羽目になる。

すぐに、ためらいなく、掘る。 3分とかからないのだから。

写真は一日遅かった結果である。

食べられないことはないが、旬の風味は今一歩だった。

何気ない日常の風景の中こそある気づき。

毎年教えられるこの教訓。

師匠の言葉「機に臨んで遅れをとるな。」




原点

Lさん


迷ったり、変化の大きい時こそ原点にもどって見直す時です。


ざわついたり落ち着きが取り戻せない時には、原点こそが回帰すべき拠点となります。


私は、大三島の呼吸法をします。


そして響きを聴きます。


穏やかな平和が静かに満ちてきます。


今が現実となります。


同じように


ビジネスにも原点があるでしょう。


今日は実りある日でしたか。




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プロフィール

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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