いじめ

学校や職場を問わずいじめやパワハラなどの問題はますます深刻化しています。

社会や教育の仕組みのシステムは、思考の成れの果てだからほとんど役にも立ちません。

手直しし対応に追われるほど、マニュアルの厚さだけは確実に増してゆき、解決は一向に進みません。

教育現場での研究で明らかにされたようですが、

いじめる側はいとも簡単にいじめられる側にもなるそうですし、その逆もある、とのことです。

我々から見れば当然のことですが、双方が同じような波動を互いに持っているのです。

ですから、波動を上げれば、いじめの場ができなくなるようです。

つまりいじめ現象に出会わない。

特に、いじめられる側に立つ子供さんや立場にあるヒトは、日常的に保健水などを飲むか、

高い波動のカードを身につけておくと良いようです。

関心ある方はご相談下さい。


映画「風立ちぬ」

「風立ちぬ」は宮崎駿監督の5年ぶりの新作である。

世界に名をはせた第二次世界大戦の初期の名作戦闘機ゼロ戦の設計者堀越二郎の生涯と、

堀辰雄の「風立ちぬ」をあわせた、飛行機完成までと

若い二人の出会いから儚い別れまでの愛の物語である。

ゼロ戦は強力な機関砲と卓越した運動性能を併せ持つ当時の最高傑作機であった。

調和の取れた美しい機体には設計者の天才的な造形美やセンスがうかがわれる。

戦闘マシンというよりも空を舞う優雅な鷹のイメージか。

私は、この戦闘機の出来上がるまでの苦闘の物語と、

華々しくデビューしてからの空中戦の勇ましさを期待して観にいったが、思い違いだった。

ゼロ戦は終わり間際の1カットのみで、あった。しかも戦闘場面はなし。

当時は不治の病とされた結核に侵された少女と天才技師の出会いと、覚悟の結婚、

そして風とともに去ってしまった記憶の余韻。

「風立ちぬ、いざ生きめやも」

画面を流れる風の透明感、はかなく、優しく、悲しく、実に美しい。

期待にはなかったが、人の心の愛しさ(かなしさ)にこころが動いた。





腰痛

腰痛は人類が二足歩行を獲得した時から生じた避けられない痛みの一つです。

しかし整形外科の分野では原因が特定できにくい難しい症状の一つともいわれており、

医師によっては治すことを諦めているともいわれるくらいです。

実は、痛みは「思考」に基づいた身体的な判断の誤りです。

エゴが生体の自然な調和を狂わせた結果です。

ですから療法という観点からは、細胞や各組織、骨や筋肉、血管、神経、統合システムなどに、

正常に戻ってもらえばよい、ということになります。

実に簡単なことなのです。

私の腰痛への療術は次のようなシンプルなやりかたです。

例えば「ぎっくり腰」への対応ですが、

腰痛部分にほんの軽く手を当てて、

「腰椎の3番、4番、5番へ、正しい位置、本来の形状、正常な働きに戻ってください。

さらに関連する筋肉群、回旋筋、多裂筋も正しい働きをしてください。

膨大な意識との調和を思い出してください」

と呼びかけます。

本当に、心の底から、確信を持って呼びかけると、必ず結果がでます。

膨大な意識への素朴な信頼です。

内なる神との対話でもあります。

実在へのアプローチです。

完全に1回で完治ということもありますが、たいていは80%ほどは軽くなります。

(有害物質で神経系が侵されていたり、治ることに抵抗する複雑不可思議なな心理などがあるときは

別のアプローチが必要です。)

もちろん自分へもクライアントさんも同じです。

クライアントさんは自身の鏡ですから。

ですから、誰にもできることなのです。

練習として、

もし貴方に軽い腰痛があったとしましょう。

上記のような言葉をかけてみましょう。

何らかの変化が生じるはずです。

少し専門的ですが、「側座核さん、緩んでね、」もいいですよ。

保健水を日々愛飲している方ならば、特にいいです。

頭痛、膝痛、なども基本的には同じです。









お墓参り

先日の定休日、炎天下3時間にわたって墓の掃除をした。

草取りと、隣の墓からかぶさる木々の剪定、苔おとし、

江戸時代からの古い墓の一つ一つに花とお水と線香を供え、

画像「阿弥陀」を盛大に燃やした。

また、お供えのお水には保健水3番を入れた。

気分的にはとても爽快であった。

重力から少し解放されたような、魂が透き通ったような、

そんな感覚だったな。

小高い丘の上にある見晴らしの良い墓地から眺める銀色に輝く湾が

清浄の海にもみえた。

ある高名な経営コンサルタントの方の言葉が思い出された。

幸せとは「夫婦円満、先祖供養が十分にできること」。






ちょうど良い

ネット上の良寛様 本当は・・・・・・・・・・

親戚の法事が真宗大谷波の寺院でありました。

帰ってから、気づきネットで見ると、


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「丁度よい」 (再々掲 2007.02.22)

お前はお前で丁度よい

顔も体も名前も姓も

お前にそれは丁度よい

貧も富も親も子も

息子の嫁もその孫も

それはお前に丁度よい

幸も不幸もよろこびも

悲しみさえも丁度よい

歩いたお前の人生は

悪くもなければ良くもない

お前にとって丁度よい

地獄へ行こうと極楽へ行こうと

行ったところが丁度よい

うぬぼれる要もなく卑下する要もない

上もなければ下もない

死ぬ月日さえも丁度よい

仏様と二人連の人生

丁度よくないはずがない

丁度よいのだと聞こえた時

憶念の信が生まれます

南無阿弥陀仏

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「丁度よい」は、

石川県野々市町の真宗大谷派常讃寺坊守、藤場美津路(みつじ)さんが、

月に一度発行する寺報「法友」の82年2月号に掲載されたものでした。

最初の題は「仏様のことば(丁度よい)」。

「仏様の声が頭の中に聞こえてきたので、そのまま書き取りました」という

ことのようです。

信者ら70人ほどに配ったところ、書き写して友人に贈ったり、コピーして

配ったりが繰り返されて、全国に出回るようになった。

いつしか題は「丁度よい」だけになり、

宗教的な色彩の強い最後の5行が省かれ、

作者も良寛に。

藤場さんは、

「間違われた良寛様も苦笑なさっておられるのでは。この詩は、

「自己否定の苦悩の中に聞こえた仏様の慈愛の言葉です。

安易な現状肯定ではありません」

と話されたということです。


(山や、スキー場、他観光地では終わりの5行を省いて、良寛の「丁度よい」

という木札などで販売されていますが、作者は 藤場さんです。)









エンジン草刈機で畑の草刈をやっていたとき、小石が眼鏡に当たり、ガラスが破損、

その破片が左目の中に飛び散った。こういうときには慌ててはいけない。

すぐに洗面器に水をはり、目を水に浸し、静かに顔を振る。

わずかずつまぶたを動かす。繰り返すこと10回ほど。

目の違和感はかなり消えた。

大事をとって国立の医療センターに向かい、2時間ほど待たされて、処置。

小さな破片を取り除き、傷に薬。処方箋をもらって終了。

大事に至らずにすんだ。

待ち時間中は、大三島の呼吸、真我の呼吸、響きを聞く練習などをしていたら、あっという間に

時間が過ぎた。

眼科の先生は、常駐していないらしく、呼び出されて来てくださったようだ。

光学検査器を使って何度も丁寧に診ていただいた。

現代医学はこういうときには実にありがたいことである。

横着をして、草刈機使用時のゴーグルを装着していなかったのがいけなかったが、

大難が小難ですんだことに、守られているという実感がわいた。

左目失明の危険さえあったのだから。






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プロフィール

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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