春はそこに

五十肩で右手が上がらないという老婦人が来られた。

およそ半年も経つとのことだった。

右手をゆっくり挙げてもらって確認したところ、

90度ほどまでしか上がらない。

つまり腕が床に平行になるくらいまでがやっとだった。

それ以上になると痛みが走る。

ふっと感じるところがあって、私の手を軽く肩に置いておよそ20秒、

もう一度手を上げてもらったところ、

痛みがなくなって手が完全に天井を指すことができた。

こういうことがたまに起きる。

自慢でもなんでもなく、ただ不思議さとありがたさを感じる。

奇跡でもないし、魔法でもない。

ただ、そうであるのだ。

ご婦人はというと、当たり前のような顔をしておられる。

窓の外に目を向ければ、しだれ梅の白い花がこぼれるように咲き始めている。

本格的な春の兆しがそこにある。




鍛錬

宮元武蔵の「五輪書」に

「千日の稽古を持って鍛とし、万日の稽古を持って錬とす」とある。

「大三島の呼吸法」を師匠から教えていただいてから、およそ10年。

未だ錬には及ばないが期間だけは鍛を越した。

5~10万回はやったと思う。

だが、がんばって継続したという思いは全くない。

練習を重ねるうちに、独特の感覚が湧き、更なる指標が自然に生まれた。

それを努力というのだろうか。

やった分だけの努力は報われたと感じている。

以前、「努力すれば報われる環境なんて、最もぜいたくな環境ですよ。」

と師匠から聞いたことがある。

実感として分かる。




レッド・ライト

超能力は検証可能なのか、トリックとすれば見抜く方法はあるのか。

ドロリゴ・コルテス監督作品の最新作「レッド・ライト」が全国で上映中である。

超能力者のトリックを暴いてきた大学の研究者チームと

30年ぶりに復帰した伝説の超能力者シルバーとの攻防戦を軸に、迫真のドラマが展開してゆき、

思いもかけないようなどんでん返しで幕を閉じる。

ブックレットの中にある監督の言葉、

「本作品は自己受容についての物語であり、人間の脳の知覚についての探求でもある。

脳は現実を知覚するために決して信頼できるツールではない。

・・・・・・・・・・皆に自分自身の知覚,目,知識を信じることができないと気づかせたかった。

人間は信じたいもの、都合のいいものだけを信じる。そういう生き物なんだ」

映画そのものは、超能力を否定しないし肯定もしない。

観客が判断すればいいのである。

シルバー役のロバート・デ・ニーロがいい味を出していた。

学者チームのマシスン博士を演じていたのは「エイリアン」のあの女性乗組員シガニー・ウィーバーだった。

懐かしかったなあ。

サウンドシステムの大轟音や炸裂音、思わせぶりなカットなどは若い監督ならではの演出であろう。

大器になりそうだが、テーマ次第かな。




春節祭

s-s-中華門

s-縁起物


中国本土はもとより、長崎でも春節祭が賑やかに行なわれている。

現今の日中関係はどうであれ、赤と黄色の色彩はひと時、元気さを人の心に燈してくれる。

小糠雨の中で,赤いランタンが滲むように燈る。人々の行き交う中に本物の中国語が

甲高い声で交されている。顔を見ただけではかの国の人とは分からない。

手には抱えきれないような買い物の包みが・・・・。元気いいな・・・。

s-s-小雨の中華街

s-観音堂

s-中華饅頭湯気

s-ランタン2



ゆっくりと

植木屋さんや大工さん、左官さん、電工さん、整備士さんなど、

年季の入った職人さんの仕事を見ていると仕事がとてもゆっくりと

丁寧いに進んでいるが、無駄が全くない。従って仕事が早い。

確実に見事に仕上がる。

「ゆっくりと、早い」

一つ一つの仕草が調和してきれいである。流れるように進んでゆく。

長年の修行が実るとこうなるのか・・・・。

こういう職人さんは、一般に口数が少ない。

呼吸がゆっくりしており、穏やかである。

あるいは、こういう人が一流の職人さんになれるのだろうか。

例外なく、自律神経のバランスが良く整った方たちである。

思考の抑制が出来た方が多いようだ。

職人さんとは限らない、プロ中のプロはたいていそうだと思う。



練習

Lさん

自分が良い面と思ったものとそうでない面は表裏一体です。

目の前に展開する出来事はそういうもののめまぐるしい変化です。

いちいちついてゆくのが面倒なくらいです、実際には不可能かな。

ほんのわずかのものに視野を奪われて、本来の自分の舞台の広さを忘れています。

ですから初めから良い悪いを決め付け無ければいいのです。

これを判断をしないといいます。考えないのです。

初めから全部は無理だから練習なんですね、できることからね。

判断をしなければ、うまくいかない、失敗する、不幸になる・・・・

本当でしょうか、と思うよね。

不安が湧いてきますね。そして囚われます。

迷いも忍び寄ってきます。

エゴがくすくすほくそえんでいるようですよ。

ジャッジは

狭い思考のフライパンの上で料理するようなものです。

うまくいくはずが無い。

ジャッジしすぎて今の自分なんです。

いかがでしょうか、ということですね。

でも、そういう「私」をいとおしんでね。

それでいい、そういう私でいいんだってね。

でなければならない、何てどこにも無いのですよ。

それこそ思考(ジャッジ)なんです。





これも出会い

s-itirinzasi.jpg


先日クライアントさんの長年の友人の写真展とそのまた友人の陶器展を観に

アーケード街の入り口にあるギャラリーを訪ねた。

その時に出会ったこの一輪挿し、見れば見るほどひきつけられた。

釉薬の色の醸し出す模様が、あたかも星雲のように見えるのである。

天体の図鑑や科学雑誌のグラビアを飾る何億光年も離れた星雲の拡大写真にそっくりなのだ。

一輪挿し用としてあったが、わたしは徳利として使うことにした。

座りが好いようにずっしりと重い。ついでにぐい飲みも一つ買った。

求めると「アマチュアですから」と言って、何とあわせて950円。

私には、製品用に作られた薄手のセンスのよいものより、

この偶然の色合いとずっしりとした重さに感動した。

さっそく、焼酎のお湯割をいれて、星雲の模様をゆっくりと楽しんだ。

ちょうど片手になじむ大きさと丸みがあり、手の中に星雲がつつまれる。

ワクワクと嬉しいひと時であった。

私のささやかな宝物の一つとなった。


肩こり

クライアントさんにパーキンソン病の方が何人かいます。

基本的には、大脳基底核にある黒質でドーパミンがうまく供給できないことから起きる症状と

いわれていますので、療術の中でも黒質を軽く意識します。

定期的な療術でパーキンソン独特の症状がかなり軽くなりますが、

その過程で、ひどい肩こりが取れたり、筋肉痛が軽くなったりします。

そこで、パーキンソン病ではないが肩こりや筋肉痛のクライアントさんにも、

黒質を意識してトリートメントをしますと、短時間で症状が消えることが多いです。

全身の生体情報は神経ネットワークとして脳に集まってきているわけですから

筋肉関連を統合するところがあって当然です。この場合は黒質です。

自分の肩こりも、黒質を軽く意識すれば軽くなります。

血行不良からくるものであれば、視床下核を意識するのも良いでしょう。

身体の不調はほとんどがストレスから来ますが、ストレスと向き合うのは難しい時が多いです。

そういうとき、とりあえず軽くなりたい場合に使えます。


*「黒質を軽く意識する」を一般向けには「黒質にエネルギーを入れる」と言うことがあります。

 本当は使いたくない言い方ですが、療術の現場ではあります。




成るか

Lさん

激しい風と雨でした。

春一番にしては早すぎますが、季節は確実に春に向かっています。

人がどうしようと、こうしようとしても、遅かれ早かれ春は来ます。

そのまま受け取ればいいのです。

人生の瑣末なことも同じです。

(瑣末という評価は実は思考でありジャッジに過ぎませんが)

瑣末と春に違いはありません。

そういうものです。淡々と受け入れる。

成るものはなり、成らないものはならない。

受け入れる勇気を持てばいいのです。

逃げることだけは避けたいです。



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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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