欲しない

Lさん

「召かずして而も自ずから来たり」(老子)
(まねかずして、しかもおのずからきたり)

欲しがらないから、欲しいものが向こうからやって来る。

じつに不思議な文章ですが、我々にはその意味するところが

何となく分かりますね。

そして現実にその経験がある。

つまり、脳みそを使わなかった時に、旨くいったよ!

というようなことです。

武道などの極意に近い感じですね。

力めば矢は的に当たりません。

考えて描いた絵は面白みに欠けます。

技巧に走った字は、書道とはいえません。

無心になってやったら、必要なものが目の前にあらわれる。

もうすこし3次元に近い表現をすれば、

「無闇にほしがったってだめなのね、

『本当に心底から』のぞむものであれば届けられるのだよ」

と私は解釈しています。



無駄は無い。

膝関節の痛みが悪化して、膝に水が溜まることがあります。

病院に行きますと、水抜きを薦められる事もあります。

本当に抜くべき、捨てるべき水なのか。

あるベテランの外科医に聞いた話では、

水が溜まる原因の一つはのは、炎症で熱を持つ、それを冷やすために水が溜まる。

この水は、対流しながら循環しているそうです。

ラジュエーターの水のように放熱しているらしいのです。

人体の症状には、無駄は一切無い、とのことでした。

最近では、小児科でもよっぽどの高熱でなければ、

解熱剤を処方しなくなりました。

研究では、早期に解熱剤投与するほど、

病気が長引くという結果が出ているそうです。

人為的な都合は自然治癒力を阻害することもあるのですね。





求めない

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求める心が、見えざる心の壁を構築する。

自己保身の強い思い、諸々の喪失への恐怖。

人は本来、無能、無才、無一物、無所有・・・・・。

ならば、そこに立ち返ったらよさそうである。

頑張らない、決め付けない、前を見ない、後ろを見ない、

・・・・・・・・。




観る

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「見る」は3次元を平面にいわば2次元に翻訳してみること、

だから左右が同時に見えない。表裏が片方しか見えない。

愛情の裏に憎悪があることに気がつかない。

(自分にとって)プラスばかりを求めるから、

マイナスも同時進行で肥大している事に気がつかない。

我らの脳はそのようになっている。

唯脳主義はエゴの主張である。

「観る」は偏の部分が鳥を意味するそうだ。

確かに鶴,雁、隼などにくっついて存在を示している。

「観る」は俯瞰する、鳥瞰する、遥かなたかみから全体を見下ろす

意味があるように思える。

夏の猛威を振るった草も鳴りを潜め始めた。

草むらの影に、気がつかなかった生き物たちがいる、いる、いる・・。

観てなかったのだ。

アマガエル、サワガニ、蛾、無数の微生物たち・・・・・・、

やあ、久しぶり、こんにちは。

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愚痴

Lさん

自分の深いところで、自分を信頼できません、といいましたね。

的確な観察だと思います。

だから自分の人生を悲観的にとらえたり、罪悪感を持つのですが、

もう一つ、他人を責める、攻撃する言動の元にもなっています。

うまくいかないことを、人のせいにしてしまうのです。

よく観察すれば「私っていつもこうなんだからいやになっちまう」

などの愚痴は自分に向かってるようで、じつは周りに、

自分を信頼できていないことをPRしているようなものです。

未熟なのです。

すぐに、たやすく他人への愚痴になります。

自分に信頼を置けなければ、周りの人を信頼できるはずはないのです。

愚痴が出そうになった時には、

「と思ってしまった」。

「いま、すでに幸せである」と切り返す。

う~~~~~む、100万回くらい繰り返せば改善されるかもしれませんが

エゴの自由に動く空間がたっぷりあってまだお遊びみたいですね。

もう少し、いえ、もっともっと愚痴を連発してみましょう。

その方が分かりやすい、分からざるを得ない方に早く行ける可能性があります。


病気

膨大な意識との距離感ができると、歪が生じ病気になる。

「距離」ではなくて「距離感」であることに注意しよう。

本来、膨大な意識との間には距離は無い。

あると思わせるのが思考である。

それを距離感という。

3次元特有の空間感覚や時間感覚は、

思考の中にある一つのアルゴリズムなのだ。

高次から見れば幻想と言うことになる。

膨大な意識との距離感とは、

孤独感、寂寥感、不安感、心配事、憎悪、嫉妬、ねたみ、怖れ・・・・・

などに心が占領されていることだ。

つまり自分があって、他のものがある、対比の世界に迷いこむ事を言う。

他とは、高次から見れば自分そのものだから、

ネガティブな感情はドリルの刃先の如く自分自身を蝕んでゆく。

歪が生じ病気を引き起こすのだ。

つまり、修正のために。

仕組みに気がつくために病気という現象が起きた。

健康とは、自分の戸籍が高次にある事を本当に分かった時の体の状態。




自己実現の動機


マズローの人間観察は精緻を極め本質を鋭く見極めています。

心理学といえば普通は病理的なとらえをしがちですが、

マズローは「自分の才能、能力、可能性を十分に使用し開発し、自分自身を完成し、

なしうる最善を尽くしている」症候群を、「自己実現」あるいは「完全な人間」と名づけました。

そして「心理学的にもっとも健康な人」「成長している先端」と呼びました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(引用)

10・深い対人関係・・・比較的少数の人々との融和し同一化した対人関係を結ぶ。

数の少なさはそうした関係が時間を要するからであてって、
すべての人に対し親切で、忍耐強い傾向をしめす。

11・民主的性格構造・・・人種、階級、政治的信念に関係なく誰とでも親しくなれる。

自分に教えてくれるものを持つ人々を尊敬し、謙虚である。

12・手段と目的の区別・・・手段よりは目的に重点を置き、手段を目的にはっきり従属させるが、

手段そのものを目的として過程を楽しむ。

13・哲学的で悪意の無いユーモアのセンス・・・

万物における自分の位置付けが忘れられているようなとき、自分自身を含めて、

その事をからかうことがあるが、傷つけたり見下げたり権威反抗的なものでは笑わない、

14・創造性・・・特別な創造性、独創性、発明の才を示すが、

それは健康な子供の純心な創造性に通じるもので、生まれながらに与えられた可能性の開花である。

マズローは、創造性を、心理学的健康や自己実現や完全な人間性とほとんど同義にもちいた。


(以上で完了。)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

外との対比によって自己の欠乏を満たそうとする「欠乏動機」ではなく

自分の外部から来るものではなく、自分自身によって充たされるという「成長動機」を大切にしよう。

「自分探し」症候群のヒトはいまでも「欠乏動機」病に侵されて彷徨っているようです。

我々は「欠乏動機」はエゴの発露でありエゴのコントロール化におかれた心の奴隷であることに

気づいている。

脱却するには思考の抑制しかないのである。

後ろの意識、中心に意識を置く、各種トレーニング、がそろっている。

幸せである。



超越性

昨日のブログ、マズローの「心理学的にもっとも健康な人」の続きです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

(引用)

5・超越性・・・争いから超然としていられるし、騒ぎにいらだたず、

心を乱されず、離れて身を保ち、穏やかであり、個人的不運に激しく反応せずに

それを受けとめられる。

6・自律性・・・比較的、自然環境や社会環境から独立しており、

現実の世界や他の人々や文化のような

外部的な満足によって左右されず自己充足的である。

7・評価がたえず新鮮であること・・・人生の基本的に必要な事を、繰り返し新鮮に、無邪気に、

畏敬や喜びや恍惚をもって評価できる能力を示す。

8・神秘的経験・・・限りなく地平が開けている感じ、力強く同時に無力な感じ、あるいは、

自己亡失感・自己超越感の経験(これは後の至高経験とよばれた)を通じて、

変化し力づけられているという確信を持つ。

9・共同社会感情・・・人類一般に対して、ときどき怒りや苛立ちや嫌気を感じながらも、

同一視や同情や愛情といった一体感をもつ。

以下次回

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
8番は面白いですね。

あの毛沢東でさえ、天安門でこのような神秘体験をしたと伝記にあります。

一方では、

中国の近代化に貢献したけれど、施策の失敗で2000万人を餓死させ、

猜疑心と嫉妬に駆られ文化大革命という愚挙を演じました。

20世紀の巨人、革命の英雄であっても、いわゆる人間なのですね。





現実認知

Lさん

昭和53年というと随分古くなりますが、

勤務帰りにふと覗いた本屋さんに『現代のエスプリ』の特集版が出ていました。

テーマは(現代における自己実現)。

その中で、今でも繰り返し読む部分があります。

アメリカの心理学者マズローの「自己実現する人」~「精神的に健康な人」の人間観察の研究です。

いくつかの印象的な特徴が述べられていました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
(引用)

1.有効な現実認知・・・現実をあるがままの状態で認めるので,偽もの・ごまかし

・不正直を直ぐに見抜き、種々の問題についてその隠れた実体を素早く正確に見出すことができ、

自分の期待や願望や固定観念あるいは不安や怖れを超えて将来を予測することができる。

2・自己、他者、自然の受容・・・自分自身を含めて、人間性の脆さ、罪、弱さ、

邪悪さを自然のままに受けとめ、それをいたずらに論じたり、別のものであればと願ったりしない。

3・自発性・・・いたずらに事を起こさないために慣習に従うが、それは表面的なもので、

内部に自律的な倫理規定を持っていて、因習には決してしばられず、自然に自発的に振舞う。

4・問題中心的・・・人生になんらかの使命あるいは達成すべき仕事

(人類一般、国家一般の利益や家族の利益に関わる仕事)を持っていて、

自分自身以外の問題に強い集中を示す。

以下は次回に。

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今の自分と比較して自分の卑小さに嫌悪を抱く、というのであってはいけません。

ああ、そういうものなんだ。人類の最前衛にはこういう人もいるんだな、

人に生まれてよかった、私にもこのような可能性はある。で・・・いいのだと思います。

3次元の人間世界に生きながら、同時に高次元の視点を持つ己の存在に気がつけば、

似たような人生を経験する可能性がありますね。

憧れではなくて・・・・・・・・・・。
 


存在

結局のところ、われわれは「実在」を探しているのです。

それを、よりどころとすることが多いですね。

ところが、ここに既にエゴが芽生えています。

距離感、分離感が忍び寄っています。

探す、求める・・・・は能動なのです。志向の一形態です。

「よりどころ」が果たして必要なのか。

実は自分自身がよりどころそのものなんですね。

イエイエ、3次元の自分ではではありませんよ。



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プロフィール

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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