ねじ式

s-ガロ

s-くらげ

s-路地のSL

久しぶりに「つげ義春」の「ねじ式」を読んだ。

1968年に発表され、何度も形を変えて出版されてきた傑作漫画である。

当時のいかなる思想書に勝るともも劣らない多大な影響や感化を、

多くの若者たちに与えて来たし、現在もその命脈は連綿としてつながっている。

一言で言えば、非日常的な空間を目の前に次々と展開して見せてくれたのである。

狭い家並みの路地をすれすれに走る蒸気機関車。

海辺の寒村のはずだが立ち並ぶ病院は全て眼科。

やっと出会えた医師は産婦人科医だが、居間のテーブルの上には酒があり、

窓の外には戦艦の巨砲が火を噴いている。

およそ40年前受けた衝撃は、今でも生々しく思い出す。

自分で買った本だと思っていたが、裏表紙の下に弟のサインがあり、購入日と書店名が記されていた。

これは、いったいどうしたのだろう。

どこかで記憶が交錯しているらしい。

記憶とは、過去ではない。創られた現実だ。つまりは虚像。

思想的には反全共闘だった弟がこのような本を読むはずはないとズット思ってきたからだ。

s-産婦人科医

s-病院


いま

s-額アジサイ

s-ドクダミ

s-カイコウズ

この季節の花は日々移ろってゆく。

昨日まで満開の紫陽花が今日は形が崩れはじめ、

見上げれば、アメリカディエゴが初回の花を開き始めた。

その下には、深山イラクサが繁殖の機会をうかがっている。

赤いカンナが花期を迎えた。秋が深まって霜が降り出そうかというころまで

数ヶ月にわたり延々と続く。

日々の庭には、強引なまでに時の流れを感じさせられる。

鮮やかなカンナの赤の色の深さに、はっと息を呑む。

瞬間、思考が止まり、今だ。

s-カンナ

s-ミヤマイラクサ



s-momo.jpg


この季節は、雨か今にも降り出しそうな泣きっ面のような空模様だ。

こんなときに、例年御隣の農家から、桃が届く。

今日も、見事な桃をいただいた。

ぱっと気分が明るくなる。

家内は、ご自慢のチーズケーキを作って明日はお返しに行く。

私は,桃とケーキのおこぼれにありつける。

すべては、明日。

明るい明日。

空も一時的に青空らしい。


救い

日曜日、早朝の楽しみの一つは新聞の書評を読むことである。

今朝の読書欄にあった記事から・・・。

「救いとは何か」(筑摩書房)森岡正博,山折哲雄の対談集。

この中で、哲学者森岡は

「すべての命は世界や宇宙に望まれ、必然として誕生する。

どんなに苦しく悲惨に思える人生でも、生まれた時点で既に救われている」

と言い切る。(引用)

・・・・・・・・・・・・・・・
師匠の言葉「人は完全なる霊的実在であって、

いまだかってどんな不調和にも汚染されたことのない特殊な存在である。

だからこそ「神の似姿」なのだ。

・・・・・・・・・・・・・・・私は同じだと思う。

自分を信じていいのである。

自分に力が既にある事を信じて外に求めない。

自分の内側には既にある事を信じる。(救われている)



宗教は外に力を求める。それ故に、その行為を強いる。


我々は、分離感からくる転がり落ちるような怖れとは本来無縁なのだ。


エゴの抑制という原点に返ろう、

更にはエゴさえ存在しない意識の実在の確信を。



ビリケンさん

s-うちのビリケンサン


10年ほど前にうちに来てくださったビリケンさんです。

ときどきお客さんが足裏をなでてよろこんでいます。

何となく一日がうまく運ぶのだそうです。

大阪で購入しました。高さ3.5cm、金色です。

買って直ぐに、師匠にエネルギー調整してもらいました。

大阪発祥の福の神です。

更に辿ればアメリカらしいです。









メビウス

2年ほど前に、私がここに書いたブログを読んでみた、

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

小学5年生のころ多分学習雑誌か何かに

「メビュウスの帯」の作り方が載っていた。

まず細長い紙の帯を準備する、例えば幅3cm、長さ40cmの紙テープなどだ。

次に、テープの両端を互いに糊付けして輪を作るのだが、

片方の終端を半回転させてくっつけるのだ。

そうすると、奇妙な形のねじれた輪ができる。

面白いことに、この輪の面は裏表がないのである。

実際に鉛筆やクレヨンなどで面をなぞってゆくと

その軌跡は両面でつながって連続した線になる。

単純にして思いもよらない遊びが出来る。

この軌跡をはさみで切ってゆくと、今度はまた一つの輪になってしまう。

2つの輪に分離しないのである。

さらにその輪の帯の中心を鋏で切っていっても、

つながったままで決して分離しないが、もつれてわけが分からなくなった。

鋏ではセイゼイこのへんまでしか出来なかったが、

さて続ければどうなるのか。

ともかく、意表をつかれるのは条件付だが裏表のない面が存在することだ。

2面性、2元論を常識とする世界観に浸っていると、ともすれば忘れがちな

実在の本質を垣間見せてくれる。

11才の少年のころから半世紀過ぎてもいまだ、その日の驚きは忘れられない。

メビュウスの輪を作り、椅子の下に置く。少し変わった体感が起きる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ちょうど2年ほど過ぎたいま、メビウスの帯を使うと多彩な面白い実験が出来ることを知った。

裏表のない次元を一瞬垣間見ることで、何かが起きるのだ。たとえば、メビウスの帯を∞と描くとする。

片方の穴に自分をイメージしもう一方の穴に相手をイメージで入れる。

メビウス線に沿って何度か図をなぞる(描く)。

2人の間に面白い現象が起きる。画像をやっても思い白い。

無数の多様な可能性が見えてくる。


消えたメール

パソコンを起動すると、壁紙ではなく、黒い画面が出て、

英文の警告文が並ぶようになった。

嬉しいものではない。

内部バッテリーの容量が低くなっているから交換せよ、との事だ。

面倒ではないのだけれども、周りを片つけたり、配線をすべて抜き取り、

筐体を開かなければならない。

止むを得ないので、5日目に電池交換をやり、ついでに埃をはらい配線を整えた。

やれやれ、まあ、これで3,4年は大丈夫か、と安堵。

ところが、この後に、セキュリティーの警告がゾクゾクと続き、インターネットも肝心なものが見られない。

メールの送信済みのフォルダーからメールが消えた。

何が原因なのか?。半日もかかってやっと気がついたのは、電池交換時に

日付時刻がパソコン出荷時の時点に戻ってしまっていたということだ。

画面右下に時刻が表示してあるから、ここをダブルクリックしてプロパティー画面に入り、

日付、時刻を修正した。

これで、すべての不調が解消した。

ほっとすると同時に、いつまでたってもパソコン初心者なのね、という気恥ずかしさ。

そうか、当時のセキュリティーは現在のシステムではなかったしな。

消えたと思っていた半日分の送信メールは、

フォルダーの最初の部分に隠れて残っていた。

日付を見ると、2006年2月・・・・・。

おお、では、こちらから送ったメールは受けた側ではどうなってるのだろう?

と新たな心配が出てきた。(大丈夫らしい)

ここには、時間軸に振り回されて当惑している自分がいる。

時間軸は人の脳がつくった3次元限定の約束事にすぎないが、

過去、現在、未来の順序のルールはあるからね。

思考は3次元。

ここにいる限りは不自由だ、気がついても、それも思考だよ。




ひまわり

s-himawari2.jpg


住宅地の中に、広大なヒマワリ畑がある。

不思議な光景である。

いずれは、新興住宅地として新築の小住宅の波に

飲み込まれてしまうのかもしれない。

ヒマワリの名の由来は、太陽の動きにつれて、

追うように花がついて回るといわれたことから来る。

実際に太陽を追って動くのは生長が盛んな若い時期だけとのことらしい。

それにしても、何に使うのだろうか。

観賞用の規模をはるかに超えているからには、

ヒマワリ油の製造かもしれない。

花言葉は、

あこがれ 熱愛 愛慕 光輝 敬慕、

なるほど・・・・。

ずっと昔に観たイタリア映画、ソフィア・ローレンとマルチェロ・マストロヤンニの

「ひまわり」を思い出した。





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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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