気分の落込み

気分が落ち込んでしまい、何もやる気が起きないと言う方が

このところ増えてきたように思います。

言い訳癖や反省癖、過去にとらわれがちの人に多く見られます。

また、他との比較で自分を見る場合にも起こります。

すべてエゴから来るものです。

エゴを見切って無力化してゆけば自然に変わってゆくものですが、

気質的なところもありますので、うちに来た方にお伝えしてる方法です。

「手の指もみ」、TV見ながらでもできます。

左右の手の爪の生え際をやや強くもみます。

本やTVなどでも見た方が多いでしょう。

もう一つは、足の親指と人差し指の骨の間を指で辿っていってぶつかった所

(付け根)にある「太衝(たいしょう)」というツボを押します。

肝臓(きも)が強化されます。頭痛、目まいにもよさそうです。

一日に朝夕数分ほどやればいいと思います。

ともにシンプルなものですが、継続して行なえば効果があります。

最低2週間続けることをおすすめします。

落ち込みやすい人は、是がナカナカ出来ません。

継続できないのもエゴから来るものと知っておきましょう。

エゴに義理立てする必要は一切ありません。



直心

「直心是道場」(じきしんこれどうじょう)

維摩経のなかの言葉です。

素直で、ひたむきさがあれば、そこが道場(トレーニングの場)だ。

エゴを抑制さえすれば、そこから沈黙の世界へ入る道筋が浮かぶ。

どんなに環境が整っていても、心の中がエゴの跳梁で占められているならば

形ばかりの自己満足に終わるだろう、と言うことだろうと思います。

言い訳をしないで、素直にやって行くことが何より大切なことです。

シンプル極まりないですがこれが原点です。

響き

師匠の言葉

「バラの花に絵の具を塗るようなことをしてはいないか。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

もともと、言葉で表すことができない「意識」について

解説したり、説得したりするのは余計なことなんだ。

レシピや取扱説明書じゃないのだからね。

だけど、多くの人がそれを求め、また答える人がいる。

それが間違いなのさ。

シャカやキリストが、何も残さなかったというのは、

言葉での説明が不可能である事を如実に物語っている。

我々としては、「響きを聞く」だけしかないのね。

希望

かって観たショーン・コネリー主演のイギリス映画、「丘」は、

軍隊映画ではあるが、戦争シーンはまったくない。

軍規違反者に対し設置された陸軍刑務所の中での過酷な懲罰、虐待を描いた

社会派の映画だった。

シーンの一つ、完全重装備で刑務所の中に設けられた「丘」を登り,降り、

させるだけの単純な訓練である。

一日中何時間も、くる日も来る日も続く訓練とは名ばかりの無意味な虐待。

いつ終わるかも分からない、知らされない、報いのない状況の中で兵士たちは

次第に気が狂ってゆく。

人は、希望が全く見出せない、期限のない、過酷な環境では、こころを病む。

幸せとは何か、と考えていたときにふと思い出したのが「丘」のシーンだった。

40年昔の映画だけれども、強いインパクトがあったのだ。

幸せとは、どのような状況に置かれても、希望が見出されること。

希望とは、努力が報われる可能性がたとえ0.1%でもあること。

そのときに人は立ち上がることが出来る。

JR○○の日勤教育と称する虐待を思い出した。

希望をむしりとる専門家がいるのだろうね。

ショーン・コネリーはこの映画主演でジェームス・ボンドの烙印から解放された。


あさがお

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ずっと昔から、庭の片隅に咲き続けている青色の朝顔です。

今年も咲いてくれました。もちろん自生です。

シンプルで清清しいです。

朝の楽しみの一つです。

実在

実在とは何だろうか、といつも思う。

本来は、混沌としたカオスだ。

あるのだけど、言語表現が不可能なものだ。

目の前の光景は、すべて混沌の極ごく一部を

脳の解釈で記述した観念に過ぎない。

幻想と言ってもいいだろう。

混沌に大きさを与え、広がりを持たせ、

量ったり、較べたり、分析したり、動かしたり、感じたりと、

自分の可視領域に引っ張り込んで理解しなければ、気がすまない。

それで、どうなった?

人間の苦をたるものを創ってしまった。

だから、苦も幻想だった。

時間も、空間も、カルマも、トラウマも、前世も同じようなものさ。

理解するための装置でありツールであり

便利ではあるけれど、人はしっかりと囚われてしまった。

エゴの創出なのだ。


生きる

師匠の言葉

「ほんとうに悲しむべきは「可能性ある自分」が「生存」だけで、

まだ「生きて」いないことだよね。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「生存」とは、DNAの呪縛のままにあること。脳の判断だけに頼ること。

エゴの抑制がなされず、心の底に常に「怖れ」が見え隠れしている状態。

喜びはあるでしょう。昇進したとか、お金が入ったとか、合格したとか、

あの人が振り向いてくれたとか、病気が治ったとか・・・。

普通の人々の日常です。

「生きている」とは実は「生かされている」事に気づいたこと。

とりあえず脳から遠ざかることからはじまります。

喜びはあります。「生かされている」ことがそのまま・・・喜びです。

「可能性のある自分」とは生かされてることに気がつけば分かります。

さて、創造は、脳では出来ないのです。

もちろん創造したことを言葉で表現できますが、プロセスは分からないのです。

だから創造なのですが、分かりますか?

タフ

「もっとタフな人間になりたいです」と自称子羊のK君はいう。

タフとはどういうことなのだろうか。

こころが強靭で挫折に遭ってもくじけない強さなんだろうね。

ひどい失敗や、そこから来る深い挫折感、

信じていた人や組織の裏切り、

信頼を損ねるような結果を招いた事件とのかかわり、

手ひどい経済的な損失、失職、

重い病、など・・・、からよみがえることか。

タフになりたければ、これらを経験してみることしかないようだ。

そして「自分を信じて」立ち上げることだろう。

立ち上がるとは、思いを引きずらないこと、心の舞台が広くなること、

他に優しくなれること、・・・・などだろうか。

非情なる人は、挫折感を引きずっているに過ぎません、その裏返しです。

本を読んだり、経験談を聞いたところで観念的な知識に終わり何の役にも立たない。

タフな人間を目指してなれるのではないです、

タフな人間にならざるを得ないような場に居合わせて、逃げなければいいのです。

いや、逃げる選択さえ出来ないようなことが多いです。

もう、受けきってずたずたにされてともかく生きておれば機会はあります。

師匠がいつも「選択するなら困難なほうを選びなさい」と言っておられる。

チャンスが多いからですね。

日ごろから、呼吸法やっておくといざと言うときに逃げ出さないですむかも知れません。

タフとは「喧嘩に勝つこと」ではありません、「弱点を克服する」というようなことでもありません。

「困難を乗り越える」のでもない、

このようなフレーズにとらわれないことです。このような語句を使わない人です。

あさがお

遅く植えた朝顔のつるがやっと支柱とネットにからみはじめました。

つるは水平方向にゆっくりと回転しながら、からまるものを探しているんだそうです。

そういう思いで眺めると朝顔がいとおしくなります。

私の作った支柱やネットに朝顔が応えてくれたと思えるからです。

いわば、朝顔クンとの交流です。

夕方の水やりも楽しいです、

炎天下でくたびれ果てた茎や葉がゴクゴクと水を飲みます。

みるみるシャンとなります。

先日、庭の隅で15cmほどの幼いカラスヘビを見つけました。

足を向けると、もどかしいほどゆっくりと、にょろにょろと逃げてゆきます。

子供だからでしょうか、幼すぎて動きが遅いのです。

やっと草むらに隠れるのに何秒もかかりました。

猫君がすぐにやってきました。

危なかったです。

しっかり育て、カラスヘビ君。来年は大人だね。


近道

結局、身をもって思い知らされたことがあります。

一つ一つの積み重ねでしか、変容はなされません。

当たり前のことですが、

人は速習法、特効薬、インスタントなもの、近道、抜け穴などを、

常に探しています。

地道な努力を嫌います。

単調さを嫌うのです。

エゴが目を外に向けさせるのです。

あそこに楽ありと。

楽してどうするの?

遠ざかるだけです。

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プロフィール

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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