青い鳥

メーテルリンクの童話 『青い鳥』

「2人兄妹のチルチルとミチルが、夢の中で過去や未来の国に幸福の象徴である青い鳥を

探しに行くが、

結局のところそれは自分達に最も手近なところにある、鳥籠の中にあったという物語。」

(ウィキペディアより)

寓意として、日常の会話の中にもよく聞かれるお話です。

幸せは身近なところにあって、遠いところには無いのですよ。

なるほど、なるほど・・・・・、そうねきっとそうよ。

と言いながら、一方で遠いところに何かある、と思い込んでさまよい続ける人も多いです。

「自分の都合に合わせて」内と外の使い分けをさせるのもエゴの仕業です。

遠い、近いの判断は脳の働きの仕組みにあります。

ですから、頭で考えれば考えるほど、何事も難しく、複雑に見えて、手が届きにくい、

遠くに答えがある、などの錯覚を生みます。

身近にあるのに、遠くにあるように思わせるのもエゴによるものです。

遠近感が無くなれば、内も外も重なってしまいますね。

エゴが一番怖れることは、このことに気づかれることにあります。


後ろの意識

正中線に沿ってたくさんの重要なエリアがあります。

特に背中側は重要です。普段はなかなか意識しないところです。

今日、ふと思い立ったことがありました。

脱脂綿に保健水「浸透」の原液を含ませたもので、頭頂から仙骨まで背骨に沿って、

家内に頼んで、まっすぐに拭いて貰いました。幅は4,5cmでしょうか。 

塗ってもらったといったほうがいいでしょうか。

これはすごかったです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・

やってみればわかります。

今でさえ、その余韻に浸っています。

ま、これは練習上の工夫の一つです。

なお、今回は浸透を使いましたが、保健水ならどれでもよいでしょう。

夏におすすめの技法です。


「後ろの意識」はとても大切です、ワレがワレがという前に出ようとする

エゴをけん制することができます。

結果、女性には女性特有の凛とした気品が生まれます。

たおやかな、自然にきれいな微笑がこぼれます。

人とのお付き合いにいっそう柔らかなものが加わるでしょう。

もちろん毎日続ければの話ですが。

梅雨明け

sakatonbo.jpg

今年は梅雨明けが早い。南九州はもう明けてしまった。

間もなく私のところも梅雨明けだ。

今日は日差しが強く、うだるような暑さだった。

窓辺のひさしに、何か動くものがある、よくみると早くも、「赤とんぼ」だった。

例年ならば、7月に入って見られ始め、8月になって群舞する光景が普通だが

今年は早い。暑い夏になりそうだ、また秋も早いのだろうか。



心の疲れをとる

精神的な落込みや、疲れを感じたとき、胸に手を当てると改善されることが多いです。

胸骨の剣状突起より4,5cm上に膻中(だんちゅう)というツボがあります。

少し窪んでいてすぐに分かります。

先ず、息をゆっくり吐いてから、

ここに右手の中指を軽く置きます、指の力はできるだけ抜いてください。

気持ちよさが実感できるまでしばらく当てておきます。

感覚はさまざまですが、心がいつしか軽くなってゆきます。

本当は手は置かなくてもよいのですが、慣れないと意識をおきにくいので手を借りるのです。

保健水を常日頃から愛飲している方(その種類を問わず)には、すぐにわかるはずです。

精神的な問題はたいていが大脳の過緊張からきます。

大脳からしばし離れようというわけです。


脳圧

迷ったり、ためらったり、怒ったり、憎んだり、嫉妬したり、恨んだりと、

我々の感情や思いはほとんどが大脳の働きによるわけです。

大脳はアプリケーションとして、遠近感をそなえています。

遠近感は「自」に並行して「他」を認識します。

自分とそれ以外の「他」との空間的、心理的な距離感は大脳に源があります。

ですから脳に意識が集まるほど、自他を分離する感覚が強くならざるを得ません。

われわれは脳圧が高いといいます。頭でっかちとも、観念的とも言います。

この状態は、エゴが幅を利かせます。

エゴの厚いバリアは、人生を楽しませてくれません。

迷いためらい、怒り憎しみの連続では、本当の優しさや喜び、慈しみ、といった

素朴で無垢な、○○からにじみ出るような感覚を憶えることは出来ません。

心を開けませんから、外に心を開いた光景を見ることが出来ません。

受容が困難ですから、人生が平板で無味乾燥なものになるでしょう、協力しあって

創造的な活動ができません。

覚悟が希薄ですから、器も狭量です。

戦って勝つということがすべてだったのです。

では脳から遠いところを意識するとどうなるか。

ふだん意識しにくいところを意識すればどうなるのか、

ということがわれわれの生き方を見直すヒントになりそうですね。


肉体を越えて

我々人間の肉体は一説ではおよそ60兆個の細胞で出来ているという。

細胞は日々新しく入れ代わり、7,8年で全細胞が完全に新しいものに変わる。

肉体的には、別人となっているはずだが、

終始一貫した人格を維持し続けているのはなぜだろうか。

肉体をワタシと呼べば、ワタシはいなくなっているはずなのに、

「私」は今ここにいる。同様に年を取ってはいるが「あなた」もここにいる。

「私」は、肉体を越えた実在ではないだろうか。

蓄積された体験や知識は脳にシステムとして継続されるというが、

人格はそれらを越えたものだ。肉体由来とは思えない。

(将来、ロボットに人格はありうるのか、無理だろうね)

ということは、科学が霊的な実在を傍証したといえないこともないのだ。

だが、私という認識は肉体をもたなければ分からない。

そういう意味では、肉体は実在の認識のための重要なツールと言える。

内側は入り口となるのだ。

 

会話

先日Jさんからの質問。

「エゴを抑制したら、どうなるのですか?」

「幸せになれますか?」

まず、色々考えずに、自己観察の練習をしてみましょうね。

目標を掲げて、邁進する、というような一般のトレーニングとは違います。

成果を求めない、考えない練習なのです。

少なくとも苦悩に満ちた今までの日常とは違うと思いますよ。

「では苦悩がなくなるのですか?」

・・・・・・・・・・・・・・

エゴが無力化してゆけば、すこしずつ変わってゆくでしょうね。

逆境や苦難に向かうあなたの姿勢が柔らかく向き合えるようになってから

心を見てみましょう。

「えっ、逆境や苦難が来るのですか~~~~~」

・・・・・・・・・・・・・・

答えにくい質問

中年の男性Kさんからの質問がありました。

「最近、パワーの衰えを感じます。「LOH水」とサプリメントの「マカ」では

どちらが効きますか?」

困りましたね。

機序が全く違うんです。

説明もしにくいし、また分かってもらえないでしょうから

両方飲むのもいいですよ、といいました。

こういう方は多いです。

ウツの治療を受けていて、「精神系」を飲んでいる人もいます。

高血圧で病院に通いながら「血圧」を飲んでいる人も多いです。

選択を迫るわけではありませんし、両方いいですよ、あるいはお好きなほうをどうぞ。

結局Kさんはマカを選んだそうです。

そのときの心の向きが選ぶのでしょうね。

お大事に。



内気

Lさん

種田山頭火の句に「己を責めつつ、歩く」というのがあります。

内向的な人にとっては、実によく分かります。思わず共感してしまいます。

山頭火さんは内気で、神経過敏、繊細な人だったのでしょうね。

内気な人の特徴は、

人と比較して、劣等感を意識しすぎて落ち込む、それを何とか克服したい、

矯正したいと必死に努力して、疲れ果てる傾向が強いです。

集団生活に入りにくく、孤独感をますます強める。

人間はもともと不完全な存在であるのに、完璧を求めすぎる傾向が強い。

他人との比較は、評価を外に求めることです。意味がありません。

孤独感は誰にもありますが、これは外との距離感を強く意識したときにおきます。

完璧を求めることは、幻想なのですね。完璧な存在は外にはありません。

外、外、外、・・・

外ってそんなに大事なのですか。

いったん外を思うのを止めて、自分の内に心を向けましょう。

内向的といいながら、内を忘れているのですね。

師匠の言葉

「冒険とは人の外側で起きることではない、人の内側で起きることだ」




優柔不断

優柔不断とは、意思決定が出来ないことをいう。

ああでもない、こうでもない、逡巡の延々たる繰り返しは、

心のもっともポテンシャルの低い状態である。

エゴが自分の中で勝手に無秩序に蠢いている状態である。

身中に無数のエゴがある。

エゴを観察すれば、同一人の中のエゴであっても、互いに協調することはない。

連帯をして事に当たろうとはしない。

「こういう考えもある、いや、まてまて、こういう風にも考えられる、

違うってば、もっと深く考えれば、コレコレこうに違いない、・・・・・。」

というような具合である。

結局のところ、外からの強い圧力で、一番声高なエゴが勝つ。

自己保身というやつだ。

エゴの決定だから、結果も知れている。

どこにも創造性は無く、建設的でもない。

とりあえず嫌な状況は遠のいただけとの感しか残らない。

こういうエゴのせめぎあいは組織においてもよくおきる。

意思決定力に欠けるので、何一つ定まらず解決は常に遅れてしまう。

今の政局が典型的な例だ。

とは言いながら、

国民が当事者意識をなくせば、かような事態を招くということ。

シニカルな傍観者にいる限り健全な民主主義は遠い。

国家は国民のものだ。

民主主義とは言っても、エゴとエゴのすり合わせのツジツマあわせから、

協力し合いそれぞれの長所を認めながら建設的に発展する国造りまで、

色んな段階があるようです。


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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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