人は城

福島第一原発で働いている現場労働者に、放射線被曝量を計測する線量計を

ひとりに一つずつ持たせてはいなかった、という事実がニュースであっていました。

グループの代表者に1個だけだったとか。健康管理には欠かせないものです。

線量計はセンサーと増幅回路と計数系回路、表示部の簡単な装置です。

高価なものではありません。まとめて買えば1個2万円くらいのものでしょう。

それをケチるような東電という会社がどういうところか推して知るべしです。

もう20日以上たっています。何をしてたのでしょうね。

危機管理さえ満足に出来ていません。

武田信玄の残した名文句、

「人は城、人は石垣、人は堀、なさけは味方、あだは敵なり」

を思い出しました。

どう見ても東電城は崩壊に向かってるのでしょう。

これもまた、われわれの見ているどうしようもない現実です。

日本という国の総合的なあらゆるシステムの破綻の表れでしょうか。

再生に向けて真剣に取り組む多くの方々がいる一方で、

どうしようもない薄汚れた現実があまりにも多く噴出しています。

日本再生はどうしたらよいのか、

一人一人が真剣に取り組まなければならない課題だと思います。



赤い花

ss赤い花


春とはいえ例年にない寒さが続く。

このところ九州でも朝は1,2度、昼過ぎてからも12,3度の気温が続いている。

吹く風が頬を刺すように冷たい。

被災地の皆さんのことを思うと胸が痛む。

早いところでは桜が咲き始めたが、未だ主役ではない。

椿と山茶花の中間種で、火事や台風や米軍による爆撃にも耐え抜いたこの老木は

今年も赤い花を咲かせてくれた。第二次戦争末期、緊急着陸用の補助滑走路が

家のすぐそばにあり、度重なる米軍の爆撃で8発の爆弾が落ちました。

錯覚

illusion1錯覚画

網膜に映った映像は実は脳で処理されて、都合のいいように知覚されます。

それを錯覚といいます。どのように錯覚を排除しようとしても脳というフィルター

を通す限り不可能といえます。

趣味で錯覚の画像を集めてきました。

1年ほど前にネット上に極上の錯覚画像が見つかりました。
http://www.nazotoki.com/step1.html 

その図を引用、転載させていただきました。

図の一段目左から2番目のAと、三段目左から3番目Bとを見比べてみてください。

Bは緑の円柱の影に入っていますね。そこが錯覚の原点です。

信じがたいことですが、実はAとBは同じ明るさの色なのです。

実際に印刷して、紙を折って重ねてみれば同じ明るさということが一目瞭然です。

機械は錯覚しないのです。脳がありませんから。

この世は錯覚の世界といっても過言ではありません。

原子力の安全神話は、実は作られ、刷り込まれ、人によっては思い込みに至りました。

そこに損得勘定が入ればなおさらのことです、しかし錯覚は注意したって排除できません。

脳を通してみる限り決して真実は見えないのです。


植物の底力

ネットで次のような記事を見つけました。本当ならば、すぐにでも活用すべきです。

季節的にも間に合います。

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植物には根っこから土壌の放射性物質を吸収するものもあるそうで、

その中でもヒマワリが最も吸収の効率が良いのだという。

30年以上かかる土壌の放射性物質の除去までに30年以上はかかると言われる場所でも、

わずか20日で95%以上を除去したという記録が残っている。

1995年に米ラトガーズ大学のスラビック・デュシェンコフ博士ら旧ソ連出身の植物学者達が、

チェルノブイリ原発から1キロ離れた池で20種類の植物を栽培し、

ヒマワリがセシウム137を根に、ストロンチウム90を花に蓄積することをつきとめた、

という研究報告がある{日本テレビ系(特命リサーチ200Xより)}。

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集めたひまわりの処分が課題ですが、放射性物質を効果的に濃縮できればあとは

何とかなりそうです。

また、海草にもウランの濃縮ができるものもあるそうです。

自然は厳しいですが、包容力も大きいです。



菜の花

ss菜の花


劉希夷「代悲白頭翁」の「年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず」

毎年毎年、花は変わることなく咲く。

人の世の変わりやすいのに比べ、自然は変わらない。

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この写真の菜の花は、記憶にある限り30年以上前から、春になると此処に咲きます。

冬枯れの殺風景系な景色の中に鮮やかな黄色が突然現れる、そんな感じです。

希望の花です。

花言葉は・「小さな幸せ」

自然の猛威と原子炉の損傷は、小さな幸せさえ奪ってしまいました。

鉄やコンクリートで砦を作り自然と戦う作戦は、今回みごとに失敗しました。

また、原子力は人類にとって根本的には制御不能という教訓も思い知らされました。

例えば、放射性物質量が半減するまでの時間、半減期という物理量が立ちはだかるからです。

太陽が東から昇り西に沈む、ことよりももっと不変な法則です。

半減期をコントロールする力は人間にはありません。

物が落ちるのは重力によります。

重力をコントロールのが難しいことと同じです。

まったく新しい別の体系が必要ですが、数千年かかっても無理でしょう。

戦うことではなく、

慣れ親しんだ自然との融和を原点にした穏やかな社会ができればいいですね


原子炉

10年ほど前に、久しぶりに会った友人と、居酒屋で飲んだときのことである。

○○製作所で、原発原子炉の製作を担当していた友人H氏から直接聞いた話です。

「どんなに、細心の注意を払っても、何度検査をしても、どこかに必ず小さいミスや

間違い、傷などが見つかる。あまりにも巨大で複雑極まりないのだ、

何千本ものパイプ、継ぎ手、バルブ、無数の配線、センサー、・・・・・

どこかに不具合を隠しながら運転されている。不完全なのだよ。

動いているのが奇跡だ。おれはもう近くには決して住みたくはないな。」

「よくも人間はこんなものに手を出したものだ、正直言って恐怖だ」

「多分、誰でもがそう思っているはずだ」

「全貌が見えない怖さは技術者であればこそよけいに感じる・・・」

このような巨大精密機械に海水をかけて大丈夫なのだろうか。

水は必ず蒸発する、塩分は残り蓄積される。

精密機器の2次的な損傷につながらないのだろうか。

その場しのぎの、焼け石に水、ではないのか。

暴走は食い止められるのか。

万が一放射性物質が上空に吹き上げられ気流に乗って拡散されたらもう日本には

住めるところはなくなりそうだ。

人体に極微量でも放射性物質が入り込めば、それから出る放射線によって

体組織を構成する分子が破壊され崩壊してゆく。組織も遺伝子も損傷を受ける。

ナイフで刺されても、毒物を盛られても死ぬことはあっても遺伝子だけは大丈夫。

皮肉なことだ。

「助排出」が助けになるだろう。



他のため

「他のために何ができるか」

自己犠牲という思いを持ってではなく、

損して得取る、などの人生訓に基づくのではなく、

思わず、とっさに、思考経路を経ずに、動く。

自分の能力でできる範囲のことをする。

ペイフォワード。

被災地では、多くの方々がそのような経験をされているようです。

不幸の中にありながら、図らずも

「自己解放」を体験された多くのみなさんに敬意を表します。

自分の行為に意味づけしなければよいと思います。

意味づけはエゴを呼び込むからです。

被曝

1945年8月、まだ23歳の叔母は、長崎原爆の爆心地に直後から看護婦として

救護に入りました。不眠不休の中で働くうちに自らも撒き散った放射性物質の

出す放射能で被曝しやがて体調を崩しましたが、間もなくたちなおりました。

その後、戦災孤児を引き取って養子にし我が子のように育て上げました。

後遺症で体調は万全ではありませんでしたが、持ち前の明るさと粘り強さで

戦後を生き抜き、後に銀行家と結婚し夫を支え85歳まで永らえました。

なくなる直前まで歌声運動などの社会奉仕活動も精力的にやっていました。

放射性物質の放射能は種類にもよりますが、被曝の量が致死量にでも至らなければ

完全に人生を台無しにしてしまうほどのことではないのかもしれません。

絶望では決してありません。

人体はそれほど脆くはない様にも思えます。心はもっとタフです。

ですが、子供はつくりませんでした。

心すべきは、苦しみを作り出す原因は錯誤から生まれた恐怖感にありますし、

そこから生じる大きな不安感が恐怖をさらに加速させ症状を悪化させます。

不幸にして放射能に被曝しても、できるだけ明るく生きることです。

なかなかできることではありませんが、人が試される時です。

いつの日か再生を期して耐え抜きましょう。希望はそこからしか生まれません。

叔母から、よくワカメ入りの味噌汁や雑穀類を常食としたことは本人の口から聞きました。

当時の日本では普通だったのです。もちろん当時それが放射能汚染から身を守ることは

知らなかったようです。

もう、人類に制御不可能な原子力発電所はいらない!!!! 




笑い

福島原発の原子炉の炉心溶融が起きそうな気配となってきた。

最悪の場合は、放射性物質が大気圏を流れ世界中に広がることもありうる。

人類存亡の危機が信じられないような速さで迫ってきている。

そんな中で、日常の生活といえば、家の修理や増改築の見積もりで考え込んだり、

雌猫ユウコリンの手術のための捕獲作戦に四苦八苦している、

獣医さんから借りてきた捕獲器をしかけているのだが、

ママ猫が入ったり、やんちゃなブッちゃんが捕まったり、

近所の悪どら猫が入っていて泣き叫んでいたり、本命は決してかからないのだ。

失敗すれば我が家は完全に猫屋敷になりそうなのだ。

滑稽で思わず笑ってしまう。

悪名高いアウシュビッツ収容所でも、明日をも知れない身でありながら、

囚われ人のユダヤ人たちは、何かにつけて笑うひと時があったそうだ。

笑いはゆとりをもたらす。スリットが開くときもあろう。

人の人たる所以である。

恐怖におののくよりも笑って時を待つ、ならば道だって開けるかもしれない。


3月11日

地震、津波の被災地に方々には大変な日でした。

お見舞い申し上げます。

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黄水仙


幸いなことに当地は何事もなく、一日が過ぎました。

日溜りの中で黄水仙がゆったりと日光を楽しんでいました。

うちの裏山につながる山塊は15kmほどゆけば休火山にたどりつきます。

リストに載っていますので、いつかは目を覚ますでしょう。

新燃岳が人ごととは思えませんでした。

われわれは地球とともに生きている、地球も生きている、

生々流転の中にいる、不動のものは何もない、

日々の様相はそばを流れる風のように向きも強さも変わります。

この今は、決して流れる時間の断面ではありません。

概念ではなく、ただある、唯一の実在です。

だからかけがえのないものなのです。


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プロフィール

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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