はやぶさ

いまでも思い出せば感動で目が潤む、今年6月13日小惑星探査機「はやぶさ」

が帰ってきた日だ。7年にわたる過酷な宇宙を旅して、

満身創痍の身で地球間近まで帰還、自らの身は燃え尽き、カプセルを届けた。

カプセルには小惑星イトカワの微細なかけらがたくさん入っていた。

人類初の快挙をいくつも記録した。

その帰還カプセルが九州の佐賀県武雄市の宇宙科学館で初公開され、見学にいってきた。

たくさんの見学者が長蛇の列を成し、入り口近くには出店まで賑やかに並んでいた。

機器そのものは小さいながら、日本の誇る精密で高度な技術が凝縮しているのが

見て取れた。空気層に突入するときの外側の温度は千数百度を超えると言うが

パラシュートや電子機器、カプセルはわずか2cmほどの厚さの断熱材で守られている。

外側は激しく燃えながら、内側の大切な部分は守られた。この技術一つとっても

日本の誇りだ。皆、食い入るように眺めている。老人も若い女性も子供たちも。

イオンエンジンの実用化そして運用にも世界ではじめて成功した。

自信を失いかけた日本人にとってひと時の喜びをもたらしてくれたのだ。

マスコミや評論家は自虐的にわが国をけなす、人々は盲目的にこれになびく。

実際には、日本はまだまだ捨てたものじゃない。

海水からウランを採取する技術は完成に近い、海底にはたくさんの資源がある、

農業だって消費者と農民自身の意識改革さえできれば再生可能と思う。

政治だけが貧弱で迷走を続けている。

しかし、「はやぶさ」を生んだ日本が創り出したもう一つの現実でもある。

表裏一体、3次元では何事にも明暗はある。それは認めなければならない。

でも、なぜ

師匠の言葉

「意識とエネルギーが動き続けていることを理解しない限り、いつもこう言わねばならない。

「でも」「なぜ」「私にはできない」「むずかしい」「失敗」「不足」。

この言葉のすばらしいところは、その言葉が障害物を創造していることだ。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

エゴは「私」を固定し定義する。そうなったら定義以外を排除する。

しかし、人は定義が無くてはどうしても不安に陥るようだ。

拠りどころを脳の判断に預けてしまっているからである。

このような「私」は次第に創造を担うはずの柔軟性から遠くにはずれ

さらなる定義つくりに向かう。

知識をためこむのも、この定義の構築のために過ぎないのだ。

バイパスとしての言い訳「でも、なぜ、・・・・・・・・」

自己観察の大切さを学ぶ機会は瞬間瞬間にある。

しないのは、というよりさせないのがエゴ。固着した脳。

脳は接着剤だった、必要ではあるがそれ以上つけることはない。



ある結婚

ずいぶん前になるが、有名女子大卒の部下が、近々結婚します、と申し出てきた。

聞けば、相手は年下の若い大工職人さんだという。

職業高卒で直ぐに職人修行に入った人だった。

直ぐに式を挙げ、すぐ子供ができた。いわゆるショットガンウエディングだ。

次々と、6人が生まれ、彼女は結婚以降、とうとう職には就かなかったが、

先日街であったら、丸々と肥えて、下の子が中学生になりましたと言う。

幸せそうであった。結婚には両方の親は大反対であったが、乗り越えたのだ。

最近まで赤貧洗うが如き火の車だったらしい。

現在は、工務店の専務だそうだ。社長はご主人。

今でも家の中には何も無いです、と笑っていた。

彼女は、おおらかな人で、こだわりが無く、思い込みがさほど無い人のようだった。

大酒飲みで、男でもかなわなかった。一升瓶を前にして、平然と盃を重ねる人だった。

大学時代は英文学を専攻した才媛で卒業後はキャリアウーマンの道を歩み始め人で

家族の都合で途中から来た人だったが、あっさりと未練なく経歴を捨ててしまった。

英語の能力はすごい人だったと、ずいぶんあとになって知った。

一番上の子は、すでに大学を卒業しよいところに就職したという。

子供たちは、仲がよく助け合って、皆それぞれが好きな道を目指していると言う。

建設業も冬の時代だが、雪景色の中にある家の窓に見える暖炉のような暖かさが

余韻のように残った。

師匠の言葉

「男が女を選び、女が男を選ぶ。じゃなくて、同じエネルギーに寄り合うんだよ。」


古賀政男

sazannka-s影を慕て


古賀政男の作詞作曲「影を慕いて」より。

1 まぼろしの
  影を慕いて 雨に日に
  月にやるせぬ 我が思い
  つつめば燃ゆる 胸の火に
  身は焦がれつつ 忍び泣く

2 わびしさよ
  せめて痛みの なぐさめに
  ギターを取りて 爪弾けば
  どこまで時雨 行く秋ぞ
  振音(トレモロ)寂し 身は悲し

3 君故に
  永き人生(ひとよ)を霜枯れて
  永遠(とわ)に春見ぬ 我が運命(さだめ)
  ながろうべきか 空蝉(うつせみ)の
  儚なき影よ 我が恋よ

昭和四年、古賀正男が25歳のときの作詞作曲です。

いまからおよそ80年前・・、来日中のセゴビアの演奏会の帰りに、

興奮と感動の中で一気にこの歌詞と曲を創ったのだそうです。

当時の青年には兵役の義務がありました。

明日の命が保障されていなかったのです。

恋も命がけの時代です。今のように紙の如き薄いものではありませんでした。

日本はやっと列強の仲間入りをし始めた時代です。

ひとびとには世界恐慌などへの色濃く立ち込める不安の時代だったようです。

25歳と言う若さでの作詞作曲とは思えないほどの出来上がりです。

歌謡曲は真言宗の声明が原点と言われていますが、日本人の心に染み渡るような

詩曲の響きは多くの大衆の心を打ったはずです。

私が物心ついたときにはすでに懐メロになっており森進一のリバイバルで聴きました。

しわがれた独特の歌声とともにすぐに魅了されたものです。

空蝉なんて、携帯に夢中の若者は分かりもしないでしょう。

不安な時代ではありましたが、若者にとっても大衆にとっても帰属すべき国が

明確にあったのでした。守るべき大切な人、地域や国が身近に感じられた時代です。

そしてその義務を我が運命として従容として受け入れたのでした。

「暴力装置」などという借り物で観念的な単語などどこにもありませんでした。


きまじめ君へ

生真面目な人は、思考回路を経由しての言動を繰り返します。

予想通りの結果にならなければ、激しく落ち込むか、

怒りが溜まってゆきいずれ暴発します。

暴発を押さえ込めば、相応の症状が出始め、やがて本格的な病に進行します。

無理な、つまりは、刷り込み思い込み従属のエゴの奴隷状態を脱して

新たな方向を示すサインなのですが、これさえも思考法で対処しようとします。

ですから、善人と言われる人がどうしてあのような病気に?、となるのです。

こういう方の遍歴をたどれば、嫌いなこと、苦手なこと、面倒なこと、やらねばならないこと、

など自分で処理してゆかなければならなかった出来事から、逃げてきたか、

他人まかせ(たいていが母親)にしてきたか、がうかがえます。

いくつになっても、被害者意識が付きまとい、日常はますます重苦しくなるばかりですが

それさえも、直面しようとはせず、他に方法を探します。

人に相談するのが苦手ですから、本屋やネット依存となります。

あるいはスピリチュアル系、精神系の方法論にいともたやすく引っかかります。

しかし、一時はそれで満足できても、陽炎のようなはかないものですから、

再度、エゴと同行の彷徨の旅に出ますね。

とくにプライド君がいっしょの人が多いようです。

この際、思い切って問題に直面し、ぼこぼこに叩かれて、面罵され、足蹴にされてでも

逃げないでください。

とは言うけれど、世間はそんなに残酷ではないと言うことも知っておきましょうね。

これは経験して学ばなければならないことです。

人との温かな繋がりに気づくきっかけにもなるでしょう。

少子化で一見、大切に子育てを受けた方に多いようですね。

がんばれ、きまじめ君。


ねばならない症候群

受け入れなければならない、

いとおしく感じなければならない、

あるがままをみつめなければならない、

これはすべてエゴです。

思考のフィルターを通っていますから純粋ではありません。

単なる言葉に堕しています。

精神世界系の人に多い症候群です。

善人で生真面目だけど、どこかぎこちなさを感じます。

頭の中で創り上げた世界の住人になろうと必死で、周りが見えません。

思わず、受け入れた、

とつぜんいとおしさが沸きあがった、

ふっとみれば、そのまま夢中になっていた、

が本当です。

人やモノに向かうときには

たとえば、穏やかであらねばならない、ではなく

何も考えずに、自然に振舞えばいいものを

どこかで演出しようとしてませんか。

どのような状況にあろうと、まず受け入れる、

言葉だけの覚悟ではなく、

自分の中の思考のブレーキをはずす練習が必要です。

経験から男はこれが苦手です。

さりげなく、計算でなく、思わず自然に動く、

これが、本当の、「自分に正直である」、ことのようです。

エゴに正直ならば、一方は生真面目となり、もう一方は暴悪となります。



プロセス

ヒーリング中さかんに、いまどこをどのようにしているのか、聞く人がいる。

今,腸が動いています、自律神経を触ってるのですか?

急に体がずしんと重くなりましたが、どこをどうしたのですか。

どこに「気」を入れてるのですか。

足がジンジンします、昨日歩き過ぎたので足が突っ張ってたからでしょうか、

きょうは昨日飲み過ぎたので肝臓をやってください、それから腎臓もお願いします。

こういう方は、自分の病についてもよく調べており、

時にはインターネットの情報や新聞の切り抜きなどを持参される。

因果関係をしっこく知りたがるが、

「その知りたがりが、あなたの症状や病の元です、」

「それを知ってどうするのですか」

と教えてやりたくなるが、適当に応えておくことが多い。

やってるほうだって、「真の意味で」わかる事はないのだ、

すべてを知ることは不可能だと知っているからだ。

ただ、そばにいて、たんたんと技法をやっているだけだ。

呼吸法をやり、身体、特に手の力を抜き思考をうすくしてエゴを抑制し、

高い意識であるようにその状態を維持しているに過ぎない。

「膨大な意識が治す、膨大な意識しか治せない」のである。

もちろん長年の経験上、さまざまなテクニックは知ってるし時には使うが、

できるだけ治癒のプロセスには関与しないようにしている。

関与といったところで、たかがしれている、これだって思考の枠組みの中だ。

プロセスが分かるはずは無いのだ。

てんかんが足の先に意識をおいて治ったことさえあるのだ。

知りたがるのは思考(ほとんどエゴ)を満足させるだけに過ぎない。

つまり、「治れ」と結果を念じないことに尽きる。

ここまでにはずいぶん、長くかかったね。




よみかた

sazannka-s山茶花


「さざんか」という花は身近にあってよく知っていた。

一方、山茶花と言う字の読みを「やまちゃばな」と読んでいた。

多分,30歳ころまではそうであったようだ。

二つが結びついていなかったのだ。別のものと思っていた。

恥ずかしい限りである。幼稚で罪のない思い込みだから許せるが。

「茶」も「山茶花」も同じツバキ科で、実際に、

椿も茶も山茶花もその葉を口に入れて噛めばほとんど同じ味がする。

今年も、赤い山茶花の花が咲いた、昨日だろうか。

まだ3つほどだが、やがて春にかけて順次花が開いてゆく。

ついでに、大人1000円、小人500円という表示について、

大人は「おとな」と読む、では小人は何と読むのか?

コビトと読めばまったく違う意味になる、

ショウニンと読めば大人になった、くだらない人、つまり蔑称だそうである。

ショウジンという読み方はもともと無い、これは国語学者の金田一先生の説明だ。

コドモとよめば子供という漢字が明確に存在しするし・・・・。

はてさて、「小人」は何と読むべきか。

先生は、コドモと読んでいい、分かればよいのだといっておられた。

もう一つ、リンゴ1ヶ100円という表示、ヶを箇の略字と見てコと読むのが

正しいようだ。しかし私は「正しく」ケと発音している。今でもだ。

「リンゴ5ケください」、と言う。店の人は「はい、5ケね」と言ってくれる。

人のエゴの一種である思い込みは、無数の板が層状に幾重にも積み重なった砦のようだ。

自己観察を怠れば、ますます強固になり、結果的に選択の幅をせまくする。



ブルートレイン

DSCF0254.jpg


「あ、待って、待って、やばい、・・・・」と大声をかけたのはFさんだった。

駅弁の包み紙を無造作にまるめて捨てようとしていた私に向けた言葉だった。

その紙には、「ありがとうブルートレイン ファイナル企画 特製弁当」とあり、

そばに「桜マーク」が麗々しく印刷してある紙に過ぎないのだが・・・。

「え?」と私。Fさんによれば1500円でも欲しがる人がいるくらい価値があるとのこと、

マニアの世界は面白い。ただの紙がお金に化けるのだ。

実は、長崎~東京を結ぶ往年のブルートレイン特急「さくら」号の最後の臨時列車に

乗ったのである。はがきで申し込みの抽選に当たり、運良く乗車できたのだ。

4人がけのハコには、いずれ劣らぬ鉄道マニアばかり、初めは互いに無口だったが

これをきっかけに話しが弾みだした。Fさんは福井県から来た人だった。

重い大型のカメラ、バズーカ砲のような交換レンズ群、ビデオカメラ、脚立、

ごつくて頑丈そうな三脚、それと購入した鉄道グッズ、たとえばサボという

行き先表示板はじめ、鉄道ランプ、灰皿など数々の品。話では毎週全国を周ってるとのこと、

前日は撮影の場所取りに午前3時から当日の14時列車通過まで待っていたとのことだった。

おかげで結婚をあきらめました、と頭をかいていた。

猛烈なマニアックなエネルギーに圧倒された。

Sさんは大きなキャリーバッグにはちきれんばかりの荷物を入れ、

手提げバッグには数々の鉄道グッズの山、聞けば高知県から来たとのこと、

この方も大型カメラ、三脚、を持っていた。明日も夜行で鹿児島まで行き、宮崎周りで帰る、すごい。

名古屋のTさんは乗り鉄専門でゆったりと旅を楽しむとのことで60代の方だった。

3人の極めてマニアックな話には相槌さえ打てない私だった。

私といえば簡単なショルダーバッグにシンプルなデジカメのみ。

こういう中では肩身が狭い。しかしブルートレインだけは大好きだし、鉄道史には

大いに関心がある。さらにNゲージの鉄道模型にはかなり詳しい。

中学時代からHOゲージの客車などをたくさん作っては悦に入っていたのである。

この方たちと話しをするうちに純粋に好きでたまらない、本当に身を入れ込むような

姿にいつしか深い共有感、連帯感を感じていた。こと鉄道に関しては修道士のような

真摯な生き方だ。

解散の時刻が迫ったとき、4人の心は一つになっていた。

なお、われわれが乗ったブルートレインは整備後東南アジアに行くそうである。

本当に最後になったブルートレインさくら号、さようなら。




からだ

Lさんへ

体の調子が悪いところには、寝るときでよいですから手を軽く置きましょう。

痛いところ重いところに手を置くだけでよいです。

たとえば、胃が重苦しいと感じたらそこに軽く手を置くだけです。

もっといえば、軽く意識するだけでもよいのです。

コツは、あまり余計なことを考えず、よくなれ、治れ、などとは言わないことです。

そのほうがよっぽど、治りが早いです。

手は意識がとても濃い部分ですから、手を置くとやりやすいことは確かです。

それから、声をかけましょう。

胃袋さんいつもありがとうね、腎臓さんおつかれさま、

肝臓さん今日も大変でしたね、・・・・・・

で結構です。

ある方は内臓や骨格など、すべてに声かけをやり始めたところ、

すべての病が改善したそうです。

意識の世界はそういうものです。

無視されるのが一番辛いのです。

人も猫も茶碗も車も空気も海も・・・・・、「ありがとう」なのです。

これを素直といいます。

寝る前や、起きたときに、骨盤体操や脱力体操をすれば、なお結構だと思います。

自分とは一体何?、・・・・・まずお体を大切にしてからですね。




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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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