腰痛の療法

「長時間、車に揺られていたら腰が痛くて立てなくなりました。

仕事は山ほどあるし、何とかお願いできませんか。

え~、明日朝すぐにお伺いします、・・・・よろしく・・・・」

2年かぶりにKさんからの電話だった。

要するに病院に行っても良くならないときにだけ、うちにこられるのである。

そして今朝一番にKさんが来院、治療台に仰向けに寝てもらい、療術の開始。

今日使った技法は、手、足の指と母音の発声を組み合わせた「***会」独自の

腰痛療術法である。足が終わるころには痛みは半分ほどに軽減した。

この後、手の指部分で、ほとんど取れた。後は、内臓や神経系の調整で終了。

最後まで、腰や腰椎をいっさい触ることなく終わった。

久しぶりだったので、ゆっくりとお話しながら30分。

とても感謝してもらい、喜んで帰っていただいた。

実はこの技法は、師匠から最近習ったものである。

仕事柄、たくさんの技法や技術を知っているし駆使しているが、

日本語のOSを自覚してやったのは実に久しい。

腰痛治療というのに、一見腰からはるかに遠いところからの療術である。

意識の世界の一端に微かに触れた。

こういうときには、自分の体もことの他、軽くなる。

ありがとうございました。


右脳鍛錬には其角のこと

蚊をやくや褒似が閨の私語 (其角)

(かをやくや ほうじが ねやの ささめごと)

褒似(ほうじ)とは、ネット辞書にて引けば、いくつも出てくる。

古代中国の周の幽王の寵愛した美しい姫で、

どんなことがあってもまったく笑わないことで有名な女であった。

あるとき、敵襲の知らせの狼煙があがった、実はこれは間違いだったのだが

味方の諸侯が慌て騒ぐのを見て、このとき初めて褒似さんが笑い転げたのである。

それ以後、幽王は可愛いわが女の笑顔見たさにしばしば敵襲がないのに狼煙を上げた。

やがて狼煙の信用はなくなって、本当の外敵襲の時には、誰も駆けつけなかったと言う。

結果、幽王は殺され、褒似さんは囚人となり、やがて周は滅んでしまった。

狼少年とよく似たお話である。

男は本質的には実に愚かで、女は実に気まぐれだ。国さえ傾け滅ぼしてしまう。

色欲というものは、遠くを見えなくする。志を殺ぐだけならまだしも周りが迷惑だ。

江戸の夏は蚊が多かったらしい。そこで蚊遣りを盛大にいぶした。

(当時は蚊取り線香はなかった)、

そのさまが狼煙に見えて、其角は褒似を思い出したのである。

閨(ねや)とは女性の部屋、寝室のこと。其角好みの場所である。多分四畳半か。

彼はそこにいてささめごとを交わしていたのだが、さすが発想は豊かである。

脇の女性は褒似さん似の妖艶な美女のはず。其角23歳の夏の夜のお話。

ひざの痛み

Lさん

ひざは身体を支える脚の関節ですからどうしても痛みやすいです。

長い年月で、関節が各部が磨耗したりカルシウムの沈着や、

筋肉靭帯の老化で萎縮することもあります。

様々な療法や医療技術が進んでも、確実な結果は未だありません。

実はひざだけに注目してもだめなんです。

体の全領域にわたるゆがみから来ていますから。

特に腰椎。腸骨。股関節。ひざ、ときます。

同時に頚椎も、胸椎も関連します。

長年の生活習慣や職業形態などに深く影響を受けます。

そういう意味では、一時的には整体はいいかもしれませんが

心の深いところから来る「*****」という

刷り込みを少しでも軽くすればよいのです。

われわれは、心の選択にもっと注目すべきです。

保健水は効果的です。

また、腰椎矯正法を続けて見ましょう。自分でできます。

これもまた、思いもかけないやり方ですが、

われわれの、「理」にかなっています。

お大事に。



寿命

地方紙の医療系コラムに載っていた記事から引用です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
老年内科の専門医、淑徳大看護学部長の渡辺弘美先生は講演などで

まず、次のようなことを聴衆にきかれるそうです。

「日本人の三大死因はガン、心筋梗塞、脳卒中です。皆さんも、そのいずれかで、

あの世へ旅立たれるわけですが、もし選べるとしたらどれになさいますか」

そして、

「心筋梗塞は突然の発作で命を落とすことが多く、長患いはしない。

それはいいが親しい人にさようならが言えない。

脳卒中は、急性期を過ぎると、穏やかに暮らせる。でもほぼ間違いなく

障害を抱えて生きてゆかなければならない。だから人気がない。

それに比べると、ガンは時間的に余裕があり、

かなり最後まで頭も体もしっかりしている。

そんなわけで意外と人気があるんです」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ガンはそれなりに人気があるのですね。


先日の報道では、日本人の平均寿命が最高を更新したという。

女性86.44歳。(世界1位)  男性79.59歳。(世界5位)

三大死因のガン、心疾患、脳卒中の治療成績が向上したことが主な要因。

さらに、もし生涯で、三大死因に罹らず、

インフルエンザなどの感染にも耐え抜けば

寿命は10歳ほど延びるらしい。女性は96歳くらい、男性は90歳。

さて、これからどう生きてゆくか?

これといったこともせずに、いたずらに年を重ねるのもよいが、

もう少しだけでも高い意識になるような生き方になればいいですね。

寿命が延びた時間は、学ぶ機会がふえたことでもあるとおもいます。

母なる大地、地球がすこしずつ壊れています。

「全ては、心の問題です。」


エゴ

エゴとは、ラテン語から来た言葉で、自我のこと。

エゴの様式とは、

自分の利益を中心に考えて、他人の利益は考えない思考や行動の様式。利己主義。

さらには、自他の区別はまず肉体の姿かたちの相違からくると考えるので、

自我を表現する唯一のもの、すなわち己の肉体を維持するための思考、行動、

それに伴うさまざまな感情、たとえば恐怖、憎悪、嫉妬、苦悩などの情動の総体。

であれば、

膨大な意識と同じ心である利他、慈悲,愛おしさなどとは完全に逆である。

ということは、

エゴはわれわれ自身ではない!。

エゴ現象は自分と思わせるところにエゴの狡さがある。

エゴの特質は、観察されることを恐れる。だから「見切り」に弱い。

エゴはわれわれが膨大な意識のほうを向くことを恐れる、だから邪魔をする。

材料だけはこと欠かない。

エゴは心が自由な選択をすることを怖れる。

エゴには、ほんとうは何の力もない。だから外に力を求めさせる。

条件をたくさんつけたがる。だから、

エゴは、計算高い。損得勘定が大好きである。

したがって、思考が大好きである。自分に偏った判断が正義だからだ。

言い訳、自己弁護、自己の正当性を展開するのがだんだん得意になる。

それに伴って知識を溜め込む癖がある。

損得勘定の判断の材料は多いほどよいのだ。

だから、エゴは「直観」を怖れる。

エゴは、さらに「刷り込み」や「思い込み」にも及ぶ。

なぜって?その人の自由な選択を入り口で縛ってしまう。

ある意味、とてもたちが悪いのだ。

エゴは、どこに見えるのか。自分の見ている周りのもの、心の投影にある。

周りの人のふるまい、自分の体、人間関係、経済状況、言葉使い、好み、

癖、自己表現、あああ、ほとんど何もかも。

エゴは、過去、未来をとても気にする。時間に弱いのだ。

時間感覚はエゴの特質。「いま」に気づかれるのをおそれている。

われわれはエゴまみれだけど、エゴそのものではないのだ。

「本質は無垢」。



われわれは

私たちは、世に正義を問うことはしない。人を正そうともしない。

それは、思考の産物であり、個人の考えの領域であるからだ。

個人の心の問題であって、その中に、答を導く力はない。

世に「答」が果たしてあるのか。

人類の歴史を見れば分かるだろう。

極論だが幻影に過ぎないと言っておこう。

討論や議論の場は、いわば恐怖心と攻撃心の応酬に過ぎないし、

エゴがふらふら、ふつふつと、と深い底から湧き上がる劇場に過ぎない。

私たちは自分の心の映像が「例外なく」、身の周りの光景となって

現出していることを認識し、それを許し、膨大な意識を意識することで

修正され、矯正され、解体されて行く流れにまかせること、

それだけをやっている、

そのためのトレーニングを重ねているグループだ。

エゴの数だけ嫌な思いが起きる、

ネガティブな光景を目にする、

雑音を聞く、

腐臭に顔を背ける・・・・・・・。

それを許す, 赦す・・。

限りない繰り返しだが、生きてある証はここにしかないのだ。

おそらく、ここからしか、本当の「安らぎ」や「喜び」は生まれないのだ。

最近、「お前は、本当に体験したことがあるのか、え!」と言う内なる声を聞く。

「生かされていること」それが証だ。

われわれには見切る、身を入れる、さまざまな技法がある。

それを習得して行く過程の中にしか、安らぎや喜びはないのである。

そして、その遠い延長上に平和な人類社会がある。

今年も平和運動が8月にむけて盛り上がり始めている。

平和は戦うことで勝ち取るものではない、内なる平和は傍にある。

それに気づくだけだ。

何千年もかかるかもしれないが唯一の近道である。


「血を分けしものと思はず蚊の憎さ」 (~江戸前期の内藤丈草の作)

毎日、蚊に刺される。痒い痒い。

この句では、蚊と自分とは血を分け合った仲と詠んである。

その蚊を憎むところに「戯れ」がある。余裕である。

中には本気になって怒る人もいるようだが、やめましょう。

自然現象、季節の風物詩、風のようなもの、・・・としよう。

蚊は地上20m以上には登らないらしい、また、団扇程度の風にも流されると言う。

高層マンション住まいの方にはこの憎さは味わえないだろうね。

痒みには、「浸透」をひと吹きすると楽になります。

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日本保健水本舗から肌や皮膚用の水「浸透」が発売されます。

蚊や虫刺されに使ってみましょう。

なお、「加齢臭」対応の水もサンプル対応(スプレー)で提供されます。

注文されるときにその旨お書きください。



猫さん一家

とうとう、猫が5匹、時々6匹のわが家になってしまった。
ねこ親子5匹

子猫が4匹、母親が1匹、そして滅多にこない父親が1匹。

家内は幸せを運んでくれるから飼いましょうという。

「手術代は私が出します!,餌もやります!」

こうなればしょうがないのである。

子猫は実にかわいいが、親猫が両方ともに野生だからヒトになつかない、

だから子猫も慣れないのである。絶対に擦り寄ってくることはないし、

1m以内には近づかない。

住処は、軒下の材木置き場の空間、雨は入らないが冬は寒いだろう。

ここに5匹が住み込んで3ヶ月が経つ。

毎日顔をあわせるが,えさ時さえも知らん顔している。

当たり前のように,餌を食す。

終われば、あくびをし、猫ストレッチをしてどこかに行く。

まことに,気まぐれであるが、憎めない。

早朝、5時過ぎ、玄関を開けると、そこに親子5匹が猫正座して朝食を待っている。

そして、母親がにゃうう~~と高い声を出す、(子猫は未だ声が出ないらしい。)

家内はそれがいじらしいのだと言う。唯一の交流儀式だ。



チャドクガ

昨日の夕方、少し日が傾いたのを見て、気になっていた、山茶花の簡単な

剪定をやった。山茶花や椿の剪定で気をつけなければならないのは、

茶毒蛾(チャドクガ)の毒針毛だ。何度も刺されると、

抗体反応が起きて痒みや腫れがだんだんひどくなる。

ひどい場合は、痛痒感が激しく、発熱や悪寒さえ起きる。

私はこの道何十年、慣れてはいるが、いつもひどいめにあう。

だから十分注意して厚い長袖、手袋、深い帽子などで防護するが、

やはり身体に入り込む。

昨日も、手や足など5,6箇所を刺されてしまった。

一度やられると、1週間以上は不快な症状に悩まされる。

猛烈に痒い、痛い、薬をつけても気休めのみ、

病院に行っても『お気の毒に』でおしまい,軟膏をくれるだけだ。

だから近所の人は病院にも行かないのが普通である。

今まではじっと我慢の日々だったが、

師匠からいただいた『浸透』を今朝スプレーでつけた。

それからしばらくして赤い点は残っているが、

痒みは気にならない程度に軽減した。

「保健水」のサンプル版であるが、効果はすばらしい。

単なる水であるが、普通の水ではない。

ヒスタミン剤を塗って痒みをとめるのではない。

生理反応ではないのだ。化学反応ではないのだ。

医学的な根拠など初めからない。

膨大な意識しか治せない、膨大な意識しか力がないのである。

介在なく、ダイレクトに膨大な意識を受け入れたのである。

水を塗れば、あるいは飲めば、自分の心が膨大な意識の方向を向く。

痒みや痛みや気分悪さと逆の向きを向く。

つまり、身体を使った『気づき』。

ありがたいことである。



ひと

病気がなくて、経済的には安定している、それで全てよし、

面白く楽しく一日を過ごし、日が暮れて、

ま、いつものような朝が来ればそれでよい、

幸いといおうか、不幸と言おうか、ほとんどの日本人には、

これが当たり前になってしまった。

怖れるのは病気と経済的な破綻だけ。面倒な人間関係は希薄でもかまわない。

そして、それを解決しうると称するビジネスも盛んだ。

平和で、穏やかで、退屈で、緊張のゆるみ果てたニッポン。

身近な出来事には過敏に反応するが、心に遠い問題には完全に無関心だ。

社会全体に何か大きな課題が起きればひとたまりもないのではないか。

確かにボランティアに手を上げて、熱心に取り組む人々が増えてきてはいる。

一類の希望はあるが、確たる哲学や実務上の問題、行政との関係など

課題は多い。

能力のある人、優れた専門家、有能な官僚、独創的な技術者、・・・

神業的な職人さん、優れた芸術家、などは未だたくさんいるし日本の人的財産とも言える。

しかし、国そのものを託することのできる人が果たしているのだろうか。

日本を本来の日本として維持し発展できる人が見えてこない。

一つの分野でもいい、世界をリードし、人類の成長につなげられる方がどうしても見当たらないように思える。

要するにほとんどの分野に大きなリーダーがいないのである。

戦後教育は完全平等の名の下に、リーダーを育てることを完全に置き忘れてきたのだ。

スケール大きく、時空を越えて遠くを見通せる人物を育てることができなかった。

どうしてだろうといつも思う。

出る杭を打ち、少数の独創性を圧殺し、効率を唯一の価値としてきたつけである。

寛容性を許さず、画一をよしとし、遠くを見ることを禁じてきた。

平等を叫びながら、偏差値で輪切りすることに矛盾を感じない。

多様性を犠牲にし制服が象徴する社会になっている。

もしこれが作為的な結果ならば日本は完全に彼等の掌中に握られたのだ。

望みはまだある。心の中に「ある」。・・・と思いたい。




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プロフィール

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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