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知識

たくさんの本を読んで、たくさんの知識を蓄えても、 

「物知り」と言う称号は もらえるだろうが、幸せな人であるとは限らない。

幸せとは、量ではないからだ。

直観という叡智の入り口は知識の先に見えるものではない。

方向が全く違うからだ。



いま、受験シーズン最盛期である。

社会というものが数値化されて具体的な成果を求めるようになった現在、

教育も同じ体系の中に組み込まれてしまった。

受験生にとっては、学校教育で養殖された成果発表にすぎず、

知識の切り身を食った幼き生徒たちの受難の季節である。

彼らの人生の前提がここから始るのだ。(しあわせになれよ)

社会のシステムがこのような数量の呪縛から解放されない限り未来はない。

若い時期の教育は必要だが、時代が進むほど叡智の学びからなぜか遠のく。

人ごとではない。わが心の鏡でもあることを忘れてはならぬ。


幸不幸

師匠の言葉

「人生を幸不幸で計らなければ、怖いものはない。」

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自分にとって、幸か、不幸かの判断は心がエゴ(恐れ)の方を向いているときにだけ生じる。

膨大な意識と反対の方向を向いているともいえる。

判断とは相対的な価値付けにすぎない。漠然とした恐れを創造しているだけなのだ。

だから、この判断から自由になれば恐怖心は消える。

こころのスイッチを膨大な意識の方に切りかえる、観察によって可能となる。

どうしても避けられそうもないならば艱難も受け入れればよい、

そもそもそういう状況では選択肢そのものがない。

怖いものがなくなれば本当の勇気が湧く。

そういう境遇になってないのに、それを恐れている、

まだまだですね。

心に恐れがないということは

自分の見ている光景にも恐れがないのです。

だから、はたから見て困難の最中にあるようにみえても笑いさえ生まれる。

真のユーモアとはこの余裕のようです。

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ガン対処などを申し込まれた方へ
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管理人以外は見ることが出来ません。


おみやげ

早朝、玄関の扉を開けたら丸々肥ったネズミが置いてあった。

猫のたまぞう君が、いつもの餌のお礼にと獲物として捕まえたネズミを持ってきてくれたのだ。

ありがとう。

1と月ほど前はメジロが置いてあった。

『猫の気持ち』という本には、猫は、主人を自分が養っていると思っているらしい。

だからこのようなお土産を時々持ってくるという。

さらに猫君からのお土産を処分するときには、猫がいないときにそっと深く穴を掘って埋めること、

と書いてあった。

無造作に目の前で捨てたりすると猫の気持ちを傷つけるらしい。

人とのお付き合いも難しいが猫君とのお付き合いも心配りが必要なのである。




療術の現場から

今朝一番の男性の症状は、両手の指の第一関節が全て痛い、曲げるとかなりの痛みを感じる、

物をつかもうとすれば、ピッといたみが電撃のように走る、というものだった。

関節そのものを診ても炎症や物理的な損傷は見えない。整形外科では分からないという。

となれば、第一義的な発生源は神経系の管制塔の脳である。

こういうときには、レーザーを使う。もちろんイメージ上のレーザーである。

実際には師匠からいただいた『たけばし』である。

文字通り、竹製のお箸、特別な**をしてある。頭をスキャンして、

脳幹の少し上のあるポイントに先端を向ける、

そこは1mm程度の幅しかない叢の部分なので精度が要求される。

クライアントさんやわたしが呼吸しただけで、位置がずれる。

しかし、いったんポイントを当てれば後は 時が来るのを待てばよい。

数分で霧が晴れるような感覚が生まれる、聞けば「手の関節の痛みはほとんど消えました、

・・・・、人差し指に未だ少し痛みが残っています・・」微調整をする。

数分で痛みが消失。続いて、肩甲骨の周囲の痛み、

これは胃の裏にある網状の血管の血流の不足だった。これは早い、30秒で痛みが消えた。

今日は、先日習った技法の一部を取り入れた。

精妙な感覚が流れる、トリートメントは共感である。*****は要だ。



エゴの無力化

「師匠の言葉」

抵抗したり避けようとすると相手は強くなる。見つめればなくなる。 

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ここでいう「相手」とは「自分を苦しめるもの」である。

人間だからこそ湧き上がる、怒りや悲しみ、憎しみやねたみ、ネガティブな気分、

こういう感情につかまったとき、「善人」ほど自ら陥穽にはまり身動きできなくなる。

「醜い心よ、去れ! 消えうせろ!」と意志を振り絞って抑え付けても、

知らぬ間にまた浮き上がってくる、さらに抑え付ける、浮き上がる、相手は強くなるばかり。

なぜならば、「自分が創ったもの」だから消えるはずがないのだが。

自分で創って自分で承認して,そのあげく、自分で消そうとすることほど消耗度の高いプロセスはない。

合わせ鏡のように無数にくりかえされるシーン。止まるところを知らず、なのだ。

こういう問題に対処する技法を長いことわれわれは知らなかった。

だから、答えを瞑想や自己暗示などに求めてきたが、ことごとく失敗してきた。

瞑想は終われば元通り一時的逃避になってしまっていた。

エゴからすこし遠くに離れただけだったのだ。

自己暗示、催眠などは他のタイプの、より強い感情と結びつき、

潜在意識と顕在意識がひっくり返り、精神に異常をきたすこともあった。

コントロールをしているものがもう一つのエゴと知れば自ずと分かるだろう。

相手はますます強くなる。危険なのだ。

「プラス思考」と称するものをを泣きながら,ベソかいてやってる人の痛ましさを何度も見た。



「見つめればなくなる」、

目をそらさずに正面から感情を受け止める、評価しない。

言葉に代える。それ以上は不要だ。

これを「無力化するという」技法は『見切り』。

シンプルだが、これほど有効な技法に出会えたのは実に幸いである。


シンプル

師匠の言葉 「コップはふせれば注げない。」

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だから

コップの正しい使い方を知ること。

あまねく「降り注いでいるもの」があるということ、を学ぶ。

そして

コップを正しく置き、降り注ぐものを素直にいただく。

たったこれだけなのに・・・・・・。

シンプルなのだが、ことを難しくしたがるのがエゴだ。

本筋から遠ざける、分離感を育てる、

やがて、本物に出会うことに拒否感を持つようになる。

幸せを怖れる。

反対のものを呼び込む。

悩み、苦しみのはじまりだ。




前頭葉

脳は人間にとって、残された最後の秘境ともいわれる。

最近の脳科学の隆盛を見るとそうかも知れない。最近は探検隊がやたらに増えた。

門外漢から見ても玉石混交のように見えるときがある。

医学系、精神系、心理系、理化学系、生物系、・・・・と各分野が学際的な研究をされている。

いいことかもしれないが、まだまだ著についたばかりだ。

意識とエネルギーの観点から説かれるのはずいぶん先だろう。

現代社会にあって、我々の前頭葉はつねに汚染の危機にある。

前頭葉のクリーニングは、自分が自分に課した制限を撤廃するにはとても重要なことである。

いったん思考や感情から距離を置くと自分が取り戻しやすい、どうしたらよいのか。

特に「流水法」はその効果が分かりやすい。

前頭葉は思考が濃密に流動して止まない部分である。

さまざまな思いが渦を巻きはみ出しそうな勢いで回転している。

軽く手を当てれば、堰を切ったようにあふれ出る絡み合った粒子の流れがある。

ある程度時間がたてば、独特の解放されたような快感を味わうことが出来る。

悩みや苦しみが嘘のように消えている、

つまり、悩み、苦しみなどの感情は概念的な存在ではなく、

人間にとっては確かな実在なのだ。

だから流れる、消える。

何と何と一見、物理的な技法が通用するのだ。

この意味するところをきちんと分かるにはもう少し時間が必要かもしれない。




決まり

人生は無数の選択の繰り返しです。

頭で考えれば考えるほど、迷いは大きく深くなります。

決断は鈍り、チャンスは遠ざかってゆきます。

迷いは、エゴの最も好むカテゴリーです。

迷え、迷え、どんどん迷って迷路から外れるなと・・・・。

頭で創り上げた幻想ですから、脆弱で、さらに実態がありません。

結果は、最もまずいものが目の前に現れます。

その繰り返しでしたね。

頭の力を抜いて、知識や思い込みを無力化して、

見方を変えると、この迷路から離脱できる可能性が出てきます。

膨大な意識の方さえ向いているならば

たとえ、重要と思われることがあり「二者択一」を迫られようと、

どちらを選んでも、実相にあった確かな道を歩いているでしょう。

つまり、迷いが消えるのです。「まかせる」といいます。

とりあえず、目の前に落ちているゴミを拾ってゴミ箱に入れましょう。

「いつにしようか」と迷わずにね。

時間はなぜあるのでしょうね、

ためらい、迷いをはっきりと心に浮き上がらせるためなんですよ。

つまり、遺伝子のイリュージョンでした。




迷わず

衛星放送のディスカバリーチャンネルはなかなか面白い。

日本ではまず不可能な番組を制作し放映している。

たとえば、UFO特集、銃や爆薬を使った実験、兵器の性能評価、車の改造ドキュメント、

過酷なサバイバル、人体を使ったかなり危険な実験など実に興味深いものがたくさんある。

先日,「火渡り」の実験の番組があっていた。薪を大量に燃やし、

残り火を幅1mほど、長さ10mほどに広げその上を裸足で歩いて渡ろうというものである。

日本でも修験道などの見せ場でよく行われる。霊力や気迫,信心の深さの証拠としてその上を歩くのだ。

アメリカでの実験もやりかたは全く同じである、その道のプロがさっさと平然と渡ってゆく、

火傷はしない、それを見た一人が意を決して渡る、無事に通過、後には見学者がぞろぞろと続く。

誰もが火傷しない。

理由は簡単だ、火に触れるのは瞬間だし、炭には凹凸があり、

足の裏の同一箇所に続けて火が触れることはまずない、

足裏はすこし湿っており火との間に水蒸気膜ができ瞬間ならば断熱する、・・・・などである。

霊力や信心深さなどとは一切関係ないのだ。

まさに理科の実験そのものである。

ただし、これでも躊躇したり、迷いがあったりしたら危険だそうである。

現に大火傷をした人もあるらしい。

なにしろ、そのまま仮に1秒でも経過すると500度以上の熱にさらされるのだ。

迷いは、本来安全にもかかわらず危険を呼び寄せる。

覚悟して行えば危険さえも福となる。

「覚悟」はときに、「心を開く」に通じる。

危険という判断の外に出るからだ。





竜馬

坂本竜馬に関する展示会で、「竜馬の謎」というコーナーがあった。

たくさんあるが、その一つ。

彼の書いた手紙は現在140通ほどが確認されているという。

実際にはずっと多かっただろう。

手紙と簡単に言うが、郵便制度がなかった19世紀半ばの日本では通信費は極めて高かったらしい。

大阪~江戸間で三日便(馬を使ったのか?)で現在の金額に換算すると約45万円、

七日便で約6万円ほどかかったらしい。

江戸と長崎間、鹿児島間、高知間、・・・・・ともなればどれほどの費用がかかったのか。

彼の数年間の個人的な通信費だけでざっと1000~3000万円あるいはそれ以上か。

実家が裕福とはいえ、やがて脱藩した浪人である彼が、

どうしてそれほどの金を工面できたのかという謎である。

彼の人間的な成長の軌跡を知るのもよいが、

その活動の根底となる兵站的な要素もきちんと解明しておきたいものだ。

背景を知れば竜馬という人物の深みが増す。3次元でさえそうなのだ。


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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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