観察

ある方から

「自分をよく観察するだけで、他に何もしなくてもよいのでしょうか、

もっと積極的に努力して、困難を乗り越えることが必要ではないのでしょうか。」

というような質問をいただきました。


正直に言えば、「・・・・・・・」という感じです。

「観察」とはなんでしょうか。

単に見ているだけではなく、あなたの方から対象に働きかけていることに気づきませんか?

これこそ、あなたの言うような「科学的」なとらえ方なんですが。

「積極的に努力」とはね、どうぞ、やってみてください。

「困難を乗り越える」、どうぞ、乗り切ってください。

言葉や単語、句にはそれぞれの思考が染み込んでいますから、

なんともいようがありません。

正直言えば、「自分で創った困難を努力して乗り越える」とは、

どういうことなんでしょうか。



願わず叶う

Lさん

子供さんの風邪の様子はいかがですか。

だいじょうぶと思いますがお母さんとしては気になりますよね。

できるだけ心配しないで、元気を平常の思いに出来ればいいのですが。

「願わず叶う」、というのが私たちの目指すところです。

意識の世界の根底をあらわす一節です。

「願う」、ということは念、つまりはエゴ。遠ざかります。

心に不足感があるから、つい願ってしまいます。たとえば

お金が欲しい、ということは心が豊かさでない方向を向いているのです。

願う前に、すでに叶ってないこと、豊かでないこと、を選んでしまっています。

目の前にあなたが見るものは、あなたの心の創りしもの、

だから、叶ってない、を心が選択してるから、叶うことはありません。

分かっているならば、願わないこと。

心の向きを変える、選択を変える、

これがすこしでも出来るようになればいいのです。

「叶う」とは膨大な意識の流れに乗ること。

エゴを抑制すれば乗れるのです。

難しいように思えますが、すぐそばにあります。

気づかないだけです。

努力(思考)しないで、見るだけなんですが。



自戒

変わりたいでしょう。

すっきりとさわやかな目覚めの朝、

調和の取れた人間関係、

穏やかで日溜りのような家族

厳しいけれど実りある仕事、

努力の報われる結果、

豊かな環境

あふれるような健康美、

年齢よりも10~20歳ほど若い顔、身体、みなぎるホルモン、・・・・。

感謝して終える一日。

そして何よりも、しなやかで輝いている心。

可能です。

あなたが拒否しなければね。

画像を使いなさい。

水を飲みなさい。

ただ、ひた向きに技法をせよ。

たったそれだけ。

難しいことを言ってきましたか。




不安

師匠の言葉

「不安を忘れているときほど、また新たな不安を製造している.」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

思考や感情のしつこさには辟易します。

今まで、分かってはいてもどうしようもなかったでしょう。

何とか回避し、離脱しようとしてさまざまな方法を試してみましたが、結果はいつも同じでした。

新しいやり方を試みて2,3日は、すこしだけうきうきしたでしょうね。

何日かは、解放感を味わったかもしれません。

でも、やがて元の木阿弥でした。すぐに足音も無く忍び寄る昔のワタシ・・・・・。

気がつけば、20年前のワタシと同じワタシ。

それに、けっこうなお金や時間も使ってきましたね。

それでも、まだ再起をかけてやろうとしていますね。

もうあきらめましょうね。捨てましょう。従来のやり方は。

自分を都合よく変えようとしたところに誤りがあります。

学びを怖れて、逃げようとしたからね。

炬燵に入ってぬくぬくと過ごしながら、

訪れるはずの無い寒さへの不安をわざわざ創っていたでしょう。

人は、常に怯えています。正確に言えば怯えを創っています。

過去を悔い、今を悩み、未来に不安を抱きながら・・・・・・・。

これこそが、エゴの仕組みそのものに他なりません。

人は苦しいものだから、真面目な人ほど

新たに本を読む、

話題に上がった話を聞きに行く、

新しい修行をする、

短期間なら苦行大好き、

非日常にあこがれる、・・・・・・・・・

といった別口のエゴに直ぐにつかまります。

いろいろなエゴの世界を

何百生も繰り返してきました。

次回がどうなるかわからないけれど

今生で何かのきっかけを得ておいた方がいいでしょう。

今まで、全てが外に原因がある、ということに何の疑問も持ちませんでした。

われわれは、それを真逆に考えようとしています。

心のあり方こそが原因であり、見えるもの、見るものが結果である、とします。

実にシンプルです。

技法や画像を通して

ネガティブな思考や感情がクリーニングされてゆく過程を実感しながら

新たなる地平からのぼる日に気づく可能性があります。

見方を変えるだけなんだけど、急には変わらないからコツコツとね。




素直さ

いろいろな方と出会う。そして技法を伝えるときもある。

必要な説明はするが、初めから質問だらけの人がいる。

・・・・・・・・・・

この技法の目的は何ですか。

どういう効果がありますか。

どのようなイメージをしたらよいですか。

何回するのですか。

この角度でよいですか。

毎日、何分すればよいですか。

どのくらい続けたら効果が出ますか。

執着しないようにするにはどうしたらよいですか。

・・・・・・・

何回もしないうちからこういう質問をする人はたいていが続かない。

精神世界大好き系の人に多いようだ。知識だけは見事に多いが・・・・・!。

だから、「すくなくとも3ヶ月は続けてみて、質問は実践上の問題点を具体的にね、」

と初めから、言っておく。

しかし、言ったところで、このような人は続かないね。

「素直さ」も資質の一つだ。これだけはどうしようもない。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
師匠の言葉

「素直に従ったとき、それは道に準じたとき。だからうまくいったのだ。」



知恵

老子より

知識を得たいのなら、増やしてゆけばよい。

知恵を得たいのなら、(知識を)捨てきってゆくこと。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

知識は必要ではあるんだけど、

たいていの人は貪欲に求めた過ぎた果てに、その重さに耐えかねている。

「自縄自縛」の状態である、実に的確な四字熟語だ。

知恵は知識を捨てることによって深まる。

まず、身の周りのわずらわしく感じるものから捨てていこう。

とは言いながら、じつは簡単ではない。エゴの抑制と同じことだからだ。

まずは、意識にあがってこないようにする。

つまり、判断しようという気が起きない程度にまで力を弱めること。

判断とは例外を作ることでしょう、だから迷ったり、苦しむわけです。

知恵とは解放されたひろ~~~~~い空間です。



きな粉餅

最難関の大学に通った先輩のお母さんは、

当時であっても、近所の方はもちろん、いろんな方から

「どうしたら合格するのですか、どんな育て方をしたのですか?」とずいぶん聞かれたらしい。

お母さんは、しばらく考えた後で、いつも

「きな粉を食べさせなっせ、ようききまっせ」とだけ答え続けたらしい。

実のところ、母親から特別にしてもらったことといえば、夜食やおやつに、

きな粉餅、きな粉の練った物、などを時々食べさせてもらっただけと先輩は言っていた。

といっても、お母さんは彼を無視していたわけではない、

自分が無学で大学がどういうものか分からないゆえに、

完全に息子を信頼して、まかせた、ということだ。

だから彼の両親を見る目はいつも温かかったし、幼い兄弟たちの面倒もよく見ていた。

数十年昔の話である。


お幸せすぎて

受験をひかえて、親御さんからいろいろな相談を受ける。

エネルギーで何とかならないか、などとんでもない話であるが、

心配でよく眠れません、

不合格になってまた浪人するかもしれないと思うと気が変になります、

がんばっている娘が不憫でどうしようもありません。

子供が大変なときに主人がぜんぜん協力してくれません、我関せずで、腹が立ちます。

毎日、朝早く起きて神棚に合格祈願しています。

40代、50代くらいの方ばかり、皆、善人さんばかりのようだ。

あまり心配したり、不安だったり、お願い事ばかりでは通るものも通らなくなりますよ、

余計な干渉はやめておきましょう、と伝えている。


私の高校の先輩の父親は大酒飲み、母親は子沢山でまだ小学生の子供の面倒におわれ、

息子がどこを受験したのかさえ忘れていたのに、最難関の大学に合格していた。


実のところ受験は、次へのステップの一つの選択肢以外、たいして意味もないのに大騒ぎ。

幸せすぎて、悩みを探して悩んでいる人々・・・。




試験

Lさん

受験シーズンで親子とも大変ですね。

親としては、そっと見守るだけでよいと思います。

念をこめて「通れ」などと願わない方がうまくいくかもしれません。

意識する、とはあれこれ心配することとは違います。

あれこれと考えるのでもありません。

切手を貼るような感じです。

感情や思惑を出来るだけ浮かべないようにする。

抑えるのではなく、思いに上ってこないような・・・・。

淡々と

そっと

さりげなく

思いやる。

やはり練習が必要です。



日々

Lさん

「人生万事塞翁が馬」といいます。

この塞翁のように淡々と、一喜一憂なく、生きることが出来ればいいですね。

心が膨大な意識の方向を向いていれば、

一見不都合な姿でやってくる出来事もじつは幸せの兆しかもしれません。

心がエゴに侵されていれば、

一見すばらしい姿でやってくる出来事がじつは不幸の始まりかもしれません。

だから、普段から、心を出来るだけ膨大な意識の方向に向けておき、

身に起きる出来事は、判断をいれずに受け入れる、

これが幸せに生きる極意でしょうね。

つまりは実生活の中でしか学べないのです。

ですから、いつも膨大な意識に問いかけながら過ごすことが大切になります。

実際にはそう思うだけでよさそうですね。

人は身勝手なもので、何かあると一生懸命になるけれど、

波が収まればすぐに忘れる癖があります。

つまり人生の波は気づきのサインなんですね。波は必要なのです。

皆、そのことは分かっているのですが、いまだ言葉での理解に終始しています。

大脳の創りだした制限である「思考」なんですね。

だから、現実には、ちぐはぐなことを毎日繰り返しています。

可能な限り、遺伝子の拘束、思い込み刷り込みなどのエゴから一瞬、数秒でも離れること、

つまり呼吸、響きを聞く、ことが大切です。

やがて言葉だけではない、「直観」、「まかせる」になってゆくでしょう。

今日は私のためにも、少しだけまとめてみました。


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プロフィール

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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