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脳幹

脳幹は頭の中心部に位置し、生命の根幹を維持する重要な器官です。

この脳幹を意識してみましょう。

詳細な位置やその働きや構造などを調べるのも悪いことではありませんが

知ったところで大したことないです。

先ずは実践です。

意識するだけでもよいのですが、

両手を合わせて、合掌した手を鼻の付近に高さに持ってきます。

眼を閉じて、ゆっくりと呼吸をしましょう。

しばらくそのままにします、やがて

気持ちがゆったりと穏やかになるでしょう。

更には変性意識や受動的な感覚も得られるかもしれません。

仏教だけでなく様々な宗教などで取り入れられているのも納得できますね。

もう一つお薦めなのは、

立ってやる方法です。

両足を並行に置かず、

右足の前に左足を直線(一列)になる様に置きます。(時々左右入れ換えます)

人によっては少しふらつくかもしれませんが、

その時には片手を机や壁に触れて、支えましょう。

眼を閉じたほうがいいかな。

しばらくすると思わぬ嬉しい感覚を体験するかもしれません。

私たちは身近なもの(身体がそうですね)を使いながら

日々を穏やかに心豊かにすることを大切にしています。

年齢、知識量など一切関係ありません。

勉強会などでは脳幹体操を一緒に行うこともありますが、

上記2つはおすすめです。

単純で簡単なのが一番。
(シンプルイズベスト)

しばらくは続けてみましょう。


カラスウリ

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この季節、里山のどこにも見られるカラスウリ、

冬枯れの始まった野山では、赤い色が愛しいほどに鮮やかです。

カラスの大好物らしいですが、

人が食べても不味いです。

しかし、

ヒビ、あかぎれ、しもやけ等の特効薬になります。

お湯や、酒などに浸し指ですり潰ししたものを患部に

擦り込めば、あっという間に良くなります。

市販の薬など足元にも及びません。

飲んでも良いでしょう。

セキ止めにもなり、利尿作用も大きいです。

風呂に数個放り込めば、湯冷めなく芯から温まります。

身近にある自然の恵みに感謝しながら生きてきた時代が、

昭和までは確かにありましたね。


あき

立冬はとっくに過ぎましたが、晩秋という季節名がこころに響きます。

「あき」の語源は諸説あるそうですが、

果実や葉が赤く染まることから来た説が有力だそうです。

柿はやがて熟柿となって真っ赤になり、

南天の実はすでに赤く、緑の葉に囲まれて一層鮮やかです。

四季のある日本に生まれてよかったですね。

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ある連続ドラマへの疑問

先日、NHKで放送された朝の連続ドラマ「まんぷく」を観て

違和感や不信感などを感じられた方があると思います。

主人公の夫、萬平さんが電柱から「無断」で電気を自宅に引き込み、

その行為の違法性を気にしながらも電灯がともって明るいとはしゃぐ主人公や母親、

当時の電力事情は送電技術や素材、発電所の容量が不足し、

しばしば停電が起きるなど、

現代とは比較にならないほど不安定でした。

そこに無断で(無資格?)の電気工事をするなどは明らかに犯罪行為です。

もちろん電力はモノではありませんから、

当時の法律では窃盗になったかどうかは分かりませんが、

赦されるものではありません。(現在は窃盗犯となります)

さらに、川に電線を引き込み感電させて大量の魚を捕ってしまう・・・。

これは、昭和20年~30年代に川でよくおこなわれた「うしろめたい」漁法です。

当時は、バッテリーも使うことも多かったようです。

(時にはトリカブトなどの毒物も使いました。)

小さな川に電気を流し一網打尽に魚を捕る・・・・。

発想は効率至上主義の原点です。利己主義です。

危険この上ない行為です、しかも子供たちが側にいました。

30年代初めのころ、幼かった私は祖父に連れられて、

そのような犯罪漁法の後を観たことがあります。

夜に行われたらしく、集め損ねた沢山の死んだ魚が腹を見せて浮かんでいました。

祖父の顔が曇り、やがて怒りに変わってゆきました。

魚だけではなく,稚魚、川エビや水生生物はもっと被害を受けたはずです。

小さい川ゆえに回復にはかなりの時間が必要でした。環境破壊につながる行いです。

小さな川に電気を流し、根こそぎに魚をさらう、

その発想は素朴ないたずらの範囲を超えています。

萬平はそのことに気づかず、町内会の役員さんが来て注意を促しても

なかなか謝ろうとしませんでした。

この人物はその時点で失格です。

「世のため、人のため・・・」が口癖のようですが・・・・。

現実にはどうだったのでしょう。

NHKの脚本家やプロデューサーはよくわかっていないようです。

萬平さんの若いころの無邪気なエピソード?としたかったのでしょうか。

無神経すぎると感じたのは私だけではないでしょう。

時代背景を調べもせず、

公共のメディアが世間に及ぼす影響を

一顧だに出来ない関係者がいまだにいることは残念です。



エゴ

先日の続きです。

サツマイモを植えるには、「いもさし」という植栽法をします。

種芋から生まれた沢山の蔓を適当な長さに切り取って、畑に作った畝に

埋め込んでゆきます。適当な養分と水分さえあれば自然と根付き、

やがて地下にはイモが育って行きます。

同じことはマルバルコウでも言えます。

マルバルコウは、サツマイモ属ですから、

蔓を刈り取って地面に投げ捨てておいても

その蔓から根を出し、増えてゆきます。

栽培種ではないので、土さえもほとんど要らないのです。

野生原種のしぶとさです。

タフでしたたかで煮ても焼いても生き残ろうとする意志は見事です。

戦う人間側には徒労感が伴います。

私はそこに、湧き上がるエゴと同じものを観させられて、

一種の無力感に陥るのです。


一旦、心の底に根付いたエゴは、刈っても刈っても根絶やしにはできません。

エゴはずっと以前に粒子である、と書いた記憶があります。

粒子ですから、分布に濃淡があり、またエネルギー量も様々です。

エゴは全身に広く分布しており、流れがあります。

流れる時に「一仕事」します。

人は、そのエゴの仕業に苦しみます。

この時に、意識さえ向けなければ、粒子化しません。

囚われなければいいのです。

もちろん、我々にはその実践法があります。





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プロフィール

ロックエヴァ

Author:ロックエヴァ
療術家  

大黒屋誠二郎師を師匠として、伝授された画像や技法などを使って日々、療法に取り組んでいる。
画像、シール,保健水などの活用を中心に、心、意識、身体などについて研究を深めていく事を目的とした「まいど会」の会員。

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